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吉備津神社岩山神社 

吉備津神社岩山神社
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社の岩山神社(いわやまじんじゃ)は建日方別命(たけひかたわけのみこと)を祀っています。吉備津神社は正宮(本殿・拝殿)の他、攝社の本宮社、新宮社(明治末に本宮社に合祀)、内宮社(明治末に本宮社に合祀)、岩山神社の五社からなり、吉備津五社明神と呼ばれたそうです。社伝では岩山宮は吉備国の「国魂」を祀ると伝えられていて、神体は自然の巨巌だそうです。

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吉備津神社えびす宮 

吉備津神社えびす宮
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社のえびす宮は、南随神門から回廊を少し行った所にあります。商売繁盛、五穀豊饒などを祈願して、えびす様の縁起物が授与されます。10日の本えびすには、境内で奉納備中神楽、福餅撒きが催されるほか、農具・植木市なども催されます。

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吉備津神社廻廊 

吉備津神社廻廊
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社の廻廊は本殿と南の本宮社や御釜殿をつなぐ長い歩廊です。総延長398mで、梁間1間、切妻造りの本瓦葺きです。戦国時代、天正年間(1573-1591)の建立で、廻廊建立の棟札が29枚残されているそうです。自然の地形のまま 一直線に建てられていて、昭和51年(1976)に岡山県の重要文化財に指定されています。

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吉備津神社御釜殿 

吉備津神社御釜殿
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社の御釜殿は慶長17年(1612)に建てられています。桁行7間、梁間3間、1重、入母屋造り、本瓦葺きの建物で、昭和55年(1980)に国の重要文化財に指定されています。ここは鳴釜神事が行われる所で、お湯の沸く釜の鳴る音で吉凶を占っています。江戸時代、上田秋成が「雨月物語」で取り上げ有名になりました。
 鳴釜の神事は、吉備津彦命に退治された温羅(うら)の髑髏が13年間にわたってうめき声を発し、大吉備津彦命の夢に温羅が現れ「わが妻の阿曽媛に釜で神に奉ずる食物を炊き、釜は幸あれば釜は豊かに鳴り、禍あれば荒々しく鳴ろう。」と告げました。吉備津彦命がその通りにしたら鎮まったという話から続けられています。
 釜を焼き湯を沸かして、釜の上に置かれた蒸籠(せいろ)の中で1合ほどの玄米を振り回すと、蒸籠を通る湯気により、神秘的で低い唸り音が2分間ほど大地に響きます。その音の大小長短により、吉凶禍福を判断するのです。神官でも神事に仕えている阿曾女(あぞめ)でもなく、祈願者自身が判断するそうです。

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吉備津神社拝殿 

吉備津神社拝殿
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社の拝殿は切妻造り、平入りで、本殿の手前に正面に接続して突き出した建物です。室町幕府3代将軍の足利義満が応永32年(1425)に再建した建物で、昭和27年(1952)に本殿及び拝殿として国宝に指定されています。
 桁行3間、梁間1間、1重、正面切妻造り、背面が本殿屋根に接続しています。前面と両側面には1間の裳階(もこし)をつけ、その屋根は本瓦葺きになっています。全国に例のない独特の形式です。
  柱は本殿と同じ太さの円柱を用い、挿肘木による大仏様の組み物をそなえています。外観は重層内部は屋根裏まで見とおした構造で正面は切り妻となり屋根を桧皮で葺いています。明治43年(1910)の遷宮のとき、この拝殿だけは解体修理が行われ、柱の一部が取り替えられました。

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吉備津神社本殿 

吉備津神社本殿
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社の正宮である本殿と拝殿は平安時代に建造され、その後、何度か火災で焼失しています。現在の正宮は室町幕府3代将軍の足利義満が後光厳天皇の命により25年の歳月を費やし、応永32年(1425)に完成させた建物です。昭和27年(1952)に本殿及び拝殿として国宝に指定されています。
 本殿は入母屋造を重ねて一つの屋根を構成する「吉備津造り」「比翼入母屋造り」という特異な様式です。比翼入母屋造りの本殿の手前に切妻造、平入りの拝殿が接続しています。比翼入母屋造りとは、入母屋造の屋根を前後に2つ並べた屋根形式です。本殿は、出雲大社本殿、八坂神社本殿に匹敵する大きさです。、
 本殿は地面より一段高く、漆喰塗の土壇(亀腹)の上に建ち、平面は桁行正面5間、背面7間、梁間8間で、屋根は檜皮葺きです。壁面上半には神社には珍しい連子窓をめぐらしています。挿肘木、皿斗、虹梁の形状など、神社本殿に大仏様(だいぶつよう)を応用した唯一の例とされています。
 内部は中央に閉鎖的な内々陣とその手前の内陣があり、その周囲を一段低い中陣とし、中陣の手前はさらに一段低い朱の壇とし、これらの周囲にさらに低い外陣が一周しています。このように外側から内側へ向けて徐々に床高を高くする特異な構造です。平成20年(2008)に50年ぶりの本殿の檜皮葺替工事が終わりました。5億1千万円の費用がかかったそうです。

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吉備津神社南随神門 

吉備津神社南随神門
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社の南隨神門は延文2年(1357)に再建された建物で、明治44年(1911)に国の重要文化財に指定されています。本殿から本宮や御釜殿につながる回廊の入口にあり、吉備津神社の中で最古の建築物です。三間一戸の八脚門で、屋根は入母屋造り、本瓦葺き、木部は丹塗りで壁は白壁で、北随神門とよく似ています。

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吉備津神社矢置岩 

吉備津神社矢置岩
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社の矢置岩があります。
 大吉備津彦命が庶民を苦しめる温羅(うら)という鬼神に対し矢を放って戦いました。互いに放つ矢は絡み合って落下してしまったそうです。祭神は2本の矢を放って温羅の左眼を貫いたそうです。そして、この矢をこの岩に置いたといわれています。

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吉備津神社北随神門 

吉備津神社北随神門
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社の北の参道石段上には北向きに建つ北随神門があります。天文12年(1543)に再建された建物で、左右には随神を安置しています。大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。
 間口7.5m、奥行3.9m、単層、三間一戸の八脚門で、屋根は入母屋造りの檜皮葺きです。木部は丹塗り、壁は白壁です。通路西側の間には高い床を張り、高欄を設け、前後に仕切って前の間を板壁で囲って随神を安置しています。
 ともに国の重要文化財に指定されている南随身門と構造や様式がよく似ています。この北随神門の近くに矢置岩(やおきいわ)と呼ばれる岩があります。大吉備津彦命が温羅を討ちにいくときに、この岩の上に矢を置いたといわれています。

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吉備津神社 

吉備津神社
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社は備中の国の一の宮として由緒ある古社で吉備の中山の西麓に北向きに建てられています。中山は古代吉備国では御神体として崇められてきた場所です。中山の山上には宮内庁が管理する大きな前方後円墳などの古墳などが散在していて朝廷と深い関係があったと思われています。
 吉備津神社では吉備津彦神社と同じ大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)を祀っています。日本紀には第7代の孝霊天皇の第三皇子で、四道将軍の一人として西国へおもむき、平定したと記されているそうです。
 大吉備津彦命は当時吉備地方を支配していた豪族温羅(うら)一族を攻め滅ぼしたといわれています。この討伐の伝承が桃太郎の元になったといわれています。討ち取った温羅はなかなか死なず、髑髏を吉備津宮の釜殿の釜の下に埋めましたが、13年の間、唸り声が釜を鳴らし続けたそうです。
 そして、大吉備津彦命の夢の中に温羅が現れ「わが妻の阿曽媛に釜で神に奉ずる食物を炊き、釜は幸あれば釜は豊かに鳴り、禍あれば荒々しく鳴ろう」と告げました。命はそれを受け入れ、それが御釜殿鳴動神事の由来となりました。
 社伝によると、吉備津彦命より5代目が吉備の中山の麓の茅葦宮という斎殿の跡に社を建立し、祖神である大吉備津彦命を祀ったのが吉備津正宮の始まりだと伝えられています。また他に、仁徳天皇が吉備の国に行幸した時に創建したという説もあるそうです。
 醍醐天皇の代に制定された「延喜式」には、名神大社に列せられています。その後、一品の位になったことで一品吉備津宮といわれました。明徳元年(1390)、後光厳天皇の命で室町幕府3代将軍の足利義満が応永12年(1405)に再建に着手し、応永32年(1425)に完成させたといわれています。
 比翼(ひよく)入母屋造りの本殿は、独特の「吉備津造り」で、拝殿とともに国宝に指定されています。また北隋神門、南隋神門、御釜殿の社殿が国の重要文化財に指定されています。特殊神事の鳴釜神事は上田秋成の「雨月物語」でも有名です。

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吉備津彦神社さざれ石 

吉備津彦神社さざれ石
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社境内にさざれ石が飾られています。さざれ石とは細かい石のことだそうです。それが年を経て、やがては巖ともなる様に国が栄えていくという願いが込められているということです。


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吉備津彦神社子安神社 

吉備津彦神社子安神社
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社摂社である子安神社は寛文12年(1672)に岡山藩主、池田光政の生母福生院の手によって建てられました。伊邪郡岐 伊邪那美大神を祀っています。子安神社の横には7つの境内社が並んでいます。昭和49年(1974)に岡山市指定文化財に選ばれています。
 子宝に恵まれなかった岡山藩主・池田利隆が子安神社で祈願したところ、たちまち名君として有名な光政を授かったといわれ、子授け、安産の神として崇敬を集めています。拝殿は、間口3間、奥行2間、入母屋造りの銅板葺きの建物で、奥の本殿は、間口1間、奥行1間、桧皮葺きで花崗岩の亀腹の上に建てられています。

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吉備津彦神社本殿 

吉備津彦神社本殿
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社の本殿は寛文8年(1668)岡山藩主、池田光政が造営に着手し、その子、池田綱政が元禄10年(1697)に完成させた建物です。ここに大吉備津彦命を祀っています。昭和43年(1968)に岡山県の重要文化財に指定されています。
 本殿は間口3間、奥行2間、檜皮葺き、流麗な三間社流作りです。周囲に擬宝珠高欄の付いた縁を廻らし、正面に3間の木階を設けています。軒は繁垂木、組物は二手先、斗きょうの間には菊・五七桐紋の彫刻を入れた蟇股を置き、蛇腹支輪を廻らしています。

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吉備津彦神社渡殿 

吉備津彦神社渡殿
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社の渡殿は祭文殿と本殿の間にあります。昭和5年(1930)に失火により焼失し、昭和11年(1936)に再建された建物です。古代の熱田神宮の社殿配置にならい、本殿、渡殿、祭文殿、拝殿と大社殿が一直線に配置されているのが特徴的です。

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吉備津彦神社祭文殿 

吉備津彦神社祭文殿
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社の祭文殿(さいもんでん)は祭典や御祈祷を斉行する御殿です。昭和5年(1930)に失火により焼失し、昭和11年(1936)に再建された建物です。拝殿と本殿の間に建てられています。夏至の日に正面鳥居から日が差し込んで祭文殿の鏡に当たる造りになっています。

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吉備津彦神社平安杉 

吉備津彦神社平安杉
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社には御神木の平安杉があります。樹齢は850年といわれ、木の高さは20m、幹の周りは4.5mあります。岡山市指定保存樹に指定されています。古来より 白龍(龍神)がこの木に鎮座しているといわれています。昭和5年(1930)拝殿が焼失したとき幹の半分が焼け焦げ、以後腐食・空洞化が進み痛みが激しくなり、平成16年(2004)樹木医の治療が行なわれました。

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吉備津彦神社拝殿 

吉備津彦神社拝殿
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社の随神門をくぐり、正面の石段の上に上がると7間の吉備津彦神社の拝殿があります。昭和5年(1930)に失火により焼失し、昭和11年(1936)に再建された建物です。祭文殿・渡殿・本殿と連なっています。

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吉備津彦神社大石灯籠 

吉備津彦神社大石灯籠
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社には安政の大石灯籠と呼ばれる2基の常夜燈があります。東洋一の大きさといわれ、高さは11.5m、笠石が広さ8畳もあります。吉備津彦神社の勇壮さを象徴していて、平成16年(2004)に岡山市指定文化財になっています。

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吉備津彦神社随身門 

吉備津彦神社随身門
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社の入口には八脚門の随身門があります。元禄10年(1697)藩主池田綱政が造営したもので二柱の門番の神様がお祀りされています。平成10年(1998)岡山市指定文化財に選ばれています。

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吉備津彦神社 

吉備津彦神社
 岡山県岡山市一宮に吉備津彦神社があります。
 吉備津彦神社は備前の国の一の宮として由緒ある古社で吉備中山の東側の山すそにあります。中山は古代吉備国では御神体として崇められてきた場所です。中山の山上には宮内庁が管理する大きな前方後円墳などの古墳などが散在していて朝廷と深い関係があったと思われています。
 吉備津彦神社では吉備津神社と同じ大吉備津彦命を祀っています。この神は桃太郎のモデルといわれています。日本紀には第7代の孝霊天皇の皇子で、四道将軍の一人として西国へおもむき、平定したと記されているそうです。
 大吉備津彦命の住居跡に吉備津彦神社の社殿が創建されたと推察されています。古くから備前国の一宮として尊崇を受け、広大な境内は、備前流造りの手法を伝える華麗な社殿を中心に、鶴島や亀島を配した蓬莱庭園になっています。
 これらの庭園が社殿と調和して、太古の神を祀る霊廟らしい荘厳な趣を出しています。日本一の大灯篭や日本一の備前焼大狛犬なども見ごたえがあります。夏至の日に太陽が随神門から昇り、社殿上を通過して沈むように造られていて、別名「朝日の宮」とも呼ばれています。
 戦国時代には、日蓮宗への改宗を迫る金川城主の松田左近将監によって社殿が焼き討ちに遭い、松田氏滅亡後、宇喜多直家が崇敬し、天正年間(1573-1592)に宇喜多秀家が造営に着手しました。しかし関ケ原の合戦で敗れたため頓挫しました。、
 江戸時代に入ると吉備津彦神社は岡山城主池田氏に崇敬されました。寛文8年(1668)池田光政が社殿の造営に着手し、延宝5年(1677)には300石の社領を寄進しました。その子、池田綱政が元禄10年(1697)に社殿を完成させています。
 境内には社殿の他に摂社・子安神社の他、稲荷神社、下宮、伊勢宮、幸宮、鯉喰神社、矢喰神社、坂樹神社、祓神社、岩山神社、楽御崎神社、尺御崎神社、楽御崎神社、鶴島神社、亀島神社、十柱神社、牛馬神社、卜方神社、祖霊社、龍神社などがあります。

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万代常閑像 

万代常閑像

 岡山県備前市西片上に真光寺があります。
 真光寺の入口付近に万代常閑(まんだいじょうかん)の備前焼の像が建てられています。万代家秘薬の返魂丹を大庄屋廻しの手法で販売し、返魂丹の製法を富山に伝え、富山売薬の祖と呼ばれる人物です。真光寺近くの備前市西片上1284に万代家があり常閑は21代でした。

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真光寺三重塔 

真光寺三重塔
 岡山県備前市西片上に真光寺があります。
 真光寺三重塔は総高18.24m、方3間、本瓦葺きの三重塔です。室町時代中期に建てられたと推察されています。元来は瀬戸内市牛窓町の蓮華頂寺(今は廃寺)にあったものを慶長18年(1613)に移築したものです。昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定されています。
 三重塔の軒は二軒繁垂木です。初重の各面の中央に置かれた蟇股には、室町時代の特徴をもった月輪(がつりん)に種子を置いた彫刻が施されています。内部には2本の来迎柱を立て、来迎壁を作っています。その前に仏壇があり、仏師八木浄慶が製作した、三石の蝋石製の大日如来座像が安置されています。

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真光寺本堂 

真光寺本堂
 岡山県備前市西片上に真光寺があります。
 真光寺の本堂は寺伝では応永年間(1394-1428)に再建されたとなっていますが、永正13年(1516)に大工藤原家次が建てたという棟札が残されています。単層の本瓦葺きの入母屋造りで、間口5間、奥行5間で正面に1間の向拝を付けています。当初三間堂だったものを五間堂に改修したようです。昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定されています。
 妻飾は虹梁大瓶束式、軒は二重繁垂木、柱は総円柱、和様の組物を一手先として軒桁で受けています。内陣の奥には金箔押しの来迎柱を立て、須弥壇と厨子を設けています。厨子の文様や彩色彫刻などは桃山時代の特色を示し、大虹梁に刻まれた袖切眉や錫杖彫などは室町時代の特色です。

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真光寺 

真光寺
 岡山県備前市西片上に真光寺があります。
 御瀧山(おたきさん)真光寺は高野山真言宗のお寺で、阿弥陀如来が本尊です。真光寺は、行基により天平11年(739)に創建され、その後、報恩大師によって備前48ヶ寺の一つに加えられたそうです。
 当初は「小瀧山」真光寺と称していたそうです。慶長7年(1602)、心王院勢恵上人が、御室仁和寺に召されて謁見を賜り、号に御室の「御」の一字を使うことを許され、以後、山号を「御瀧山」と改められたと寺誌は伝えています。
 南北朝時代には戦火のために衰退しました。室町時代の応永年間(1394-1428)に良宗法印が中興を果しましたが、戦国時代に再び衰退しました。江戸時代になり、岡山藩主池田氏に庇護され繁栄したそうです。
 境内には、大師堂と国の重要文化財に指定されている本堂、三重塔が建立しています。備前市指定文化財の仁王門は国道2号と、JR赤穂線の先にあり、分断されてしまっています。また国道側に万代常閑の像が建てられています。

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旧閑谷学校飲室門 

旧閑谷学校飲室門
 岡山県備前市閑谷に旧閑谷学校があります。
 旧閑谷学校の飲室門(いんしつもん)は一番西にあります。飲室に一番近いので飲室門と呼ばれます。日通いの生徒などが出入りする通用門でした。旧閑谷学校石塀附 飲室門1棟として国の重要文化財に指定されています。

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旧閑谷学校はん池 

旧閑谷学校はん池
 岡山県備前市閑谷に旧閑谷学校があります。
 旧閑谷学校には「はん池(ち)」があります。はん池とは 古代中国の諸侯の学校である「はん宮」の制に擬してつくられたものです。半円形の池が造られるのが普通ですが、閑谷学校は、幅7m、長さ80mを超える長方形です。 石橋も国の重要文化財に指定されています。

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旧閑谷学校櫂の木 

旧閑谷学校櫂の木
 岡山県備前市閑谷に旧閑谷学校があります。
 旧閑谷学校にある櫂の木(かいのき)は聖廟への石段の両脇に1本ずつ植えられています。大正4年(1915)、中国山東省曲阜の孔子の墓所で採取された種が持ち帰られ、発芽・育苗に成功した十数本のうちの2本が閑谷学校に寄贈されました。日本国内の孔子や儒学にゆかりのある湯島聖堂、足利学校、多久聖廟などにも贈られています。樹齢90年、高さ15mで、学問の木とも呼ばれています。

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旧閑谷学校校門(鶴鳴門) 

旧閑谷学校校門(鶴鳴門)
 岡山県備前市閑谷に旧閑谷学校があります。
 旧閑谷学校の校門は聖廟の正門として建てられたと思われる重厚な門です。貞享3年(1686)に建立されています。中国風で、二対の備前焼の鯱(しゃちほこ)が載っています。門扉を開閉する時に鶴が鳴く声に似た音がすることから鶴鳴門と呼ばれています。国の重要文化財に指定されています。

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旧閑谷学校飲室 

旧閑谷学校飲室
 岡山県備前市閑谷に旧閑谷学校があります。
 旧閑谷学校の飲室は習芸斎の奥に棟続きで建てられています。先生方の休憩する場所でした。囲炉裏の端に「斯爐中炭之外不許薪火」(この囲炉裏で炭以外を炊くな)と刻まれています。習芸斎及び飲室で国の重要文化財に指定されています。

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旧閑谷学校石塀 

旧閑谷学校石塀
 岡山県備前市閑谷に旧閑谷学校があります。
 旧閑谷学校の石塀は校門の左右から出発して、学校の敷地を一周しています。765mに及ぶかまぼこ型の石の塀です。幅・高さとも約2mあり、元禄14年(1701)に完成しており、国の重要文化財に指定されています。
 この石塀は形のことなった石を巧みに組みあわせた「切り込みはぎ式」とよばれる石築きのやり方で精巧なものです。内部には洗浄した割栗石が詰められ、雑草木が生えないように工夫されています。備前焼瓦と並んで、閑谷学校の独特の景観を演出しています。

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