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2014_09
30
(Tue)04:37

岡山後楽園慈眼堂

岡山後楽園慈眼堂
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 慈眼堂は後楽園の鬼門の方角(北東)に当たる茶畑の西端にあります。池田綱政が還暦(60歳)の厄払いで、元禄10年(1697)に建て、池田家と領民の繁栄を願って観音像を祀りました。
 本尊は2体の観音像で、1体は法界院(岡山市・真言宗)より寄進された伽羅木の如意輪観音像です。もう1体は池田家所蔵の金銅1寸8分の如意輪観音像です。後楽園が池田家から岡山県に譲渡された時、慈眼堂の本尊だけは池田家所有で

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2014_09
29
(Mon)05:12

岡山後楽園唯心堂

岡山後楽園唯心堂
岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に唯心堂(ゆいしんどう)があります。唯心山の山腹には唯心堂(ゆいしんどう)が建てられています。斜面には石組に合わせて、ツツジやサツキが植えられています。唯心堂から見る月は園中八景のひとつに数えられています。

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2014_09
28
(Sun)20:55

岡山後楽園唯心山

岡山後楽園唯心山
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に唯心山(ゆいしんざん)があります。唯心山は池田綱政の子で、岡山藩3代藩主池田継政(つぐまさ)の時に造られました。享保8年(1723)頃に着工され享保20年(1735)頃に完成したようです。唯心山には四方からの登り口が設けられています。
 唯心山は後楽園の中央にあり、頂上からは庭園全体が見渡せ、また、どこからでも唯心山が挑められるように築庭されました。平面的だった庭園が立体的な景観へ変化させたのです。

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2014_09
27
(Sat)06:39

岡山後楽園廉池軒

岡山後楽園廉池軒
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に廉池軒(れんちけん)があります。廉池軒は戦災を免れた数少ない建物の一つです。池に架かる石橋や対岸の小島も往時の姿を今に伝えています。 園内に点在する亭舎の中で、築庭を指示した藩主池田綱政がもっとも好んで利用していたといわれています。
 廉池軒からの眺望は水の景色が特に優れているといわれています。この建物からは沢の池越しに見える松林や曲水、池の段差など起伏に富んだ景観が楽しめます。

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2014_09
26
(Fri)04:32

岡山後楽園蘇鉄畑

岡山後楽園蘇鉄畑
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に蘇鉄畑(そてつばたけ)があります。後楽園では築庭当時から蘇鉄を植えていました。蘇鉄は桃山時代から異国情緒豊かな庭園樹として珍重されたそうです。明治時代中期に数を増やし、現在では築庭当初の倍の大きさに広さになっているそうです。

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2014_09
25
(Thu)05:16

岡山後楽園沢の池

岡山後楽園沢の池
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に沢の池(さわのいけ)があります。沢の池は園内の中央付近にある池です。池には中の島、御野島(みのしま)、砂利島(じゃりじま)が浮かんでいます。中の島と御野島の間には、かつての上道郡と御野郡の郡境があり、今でも石標がそのなごりを伝えています。

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2014_09
24
(Wed)05:20

岡山後楽園花葉の池

岡山後楽園花葉の池
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に花葉の池(かようのいけ)があります。花葉の池は後楽園の中では2番目に大きい池です。曲水と沢の池から滝の石組の中に巧みに導かれた水が流れ落ちてきます。この池には大輪の白い花を咲かせる蓮「一天四海(いってんしかい)」があります。通称大名蓮とも呼ばれ夏が見頃です。
 花葉の池は旭川の中洲に遠州流の流れをくむ林泉回遊式庭園のスタイルを取り入れています。津田永忠が考え抜いて作庭した結晶になっています。旭川の中洲という砂地の土質には 湿気を好む苔などは適さなかったため、砂地に強い芝生が植え込まれたようです。

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2014_09
23
(Tue)03:46

岡山後楽園慈眼堂

慈眼堂
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に慈眼堂(じげんどう)があります。慈眼堂は後楽園の鬼門の方角(北東)に当たる茶畑の西端にあります。池田綱政が還暦(60歳)の厄払いで、元禄10年(1697)に建て、池田家と領民の繁栄を願って観音像を祀りました。
 本尊は2体の観音像で、1体は法界院(岡山市・真言宗)より寄進された伽羅木の如意輪観音像です。もう1体は池田家所蔵の金銅1寸8分の如意輪観音像です。後楽園が池田家から岡山県に譲渡された時、慈眼堂の本尊だけは池田家所有で、現在も池田家で祀られているそうです。

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2014_09
22
(Mon)05:18

茶祖堂

茶祖堂
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に茶祖堂(ちゃそどう)があります。茶祖堂は岡山藩家老の下屋敷に建てられた茶室でした。当時は利休堂と呼ばれ、そこに、わび茶の祖とされる千利休が祀られていたそうです。江戸時代末期に後楽園に移築されましたが、昭和20年(1945)に戦災で焼失しました。
 茶祖堂が昭和36年(1961)に再建された際、茶祖堂と改めたそうです。岡山の出身でお茶を飲むことを日本に伝えたとされる栄西禅師(平安時代末期~鎌倉時代初期の僧)の御霊を勧請合祀したことから、この名が付いたそうです。

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2014_09
21
(Sun)04:41

延養亭

延養亭
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に延養亭(えんようてい)があります。延養亭は岡山藩主が後楽園を訪れた時の居間として使われた建物です。築庭当初から現在の位置に建てられ、藩主の座る主室からの眺めが最も美しくなるように、庭園が作られています。
 残念なことに昭和20年(1945)6月29日の空襲で焼失してしまいました。築庭当時の後楽園を描いた「御茶屋御絵図」が残されていて、それを元に、昭和35年(1960)に復元されました。当時の第一級の材料を集め、最高の技術によって築庭当時の間取りの通りに施工されたそうです。

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2014_09
20
(Sat)04:48

平四郎の松

平四郎の松
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に平四郎の松(へいしろうのまつ)があります。 後楽園になる前は当地の名主である里庄平四郎の屋敷があったそうです。その庭に植えられていた黒松を作庭後、「平四郎の松」と呼んだそうです。初代の松は樹齢300年近い大木でしたが昭和20年(1945)に松喰虫のため枯れてしまったそうです。現在のものは2代目で正門を飾る立派な黒松です。

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2014_09
19
(Fri)04:49

観騎亭
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に観騎亭(かんきてい)があります。 観騎亭は園内北に位置にあり、約180mの馬場に面して建っています。木造平屋建て、寄棟造り、茅葺きです。家臣が馬術の上達ぶりを藩主の前で披露する行事があり、藩主は、この建物からその様子を眺めたそうです。戦災をまぬがれ当時の姿を残す貴重な建物です。

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2014_09
18
(Thu)04:37

流店

流店
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に流店(りゅうてん)があります。  流店は唯心山の東側に位置しています。木造2階建、寄棟造りの檜皮葺きです。元禄4年(1691)頃に建てられたのが始まりといわれています。1階は外壁を設けず吹き放しで、内部の中央に水路を通し、色彩に富んだ奇石六個が配置されていて、全国的にも珍しい建物です。
 流店は岡山藩主の庭廻りや賓客の接待などで、休憩所として使われました。 昭和20年(1945)6月29日の空襲で多くの建物が焼失するなか、戦災をまぬがれ、簡素なたたずまいを今に伝えています。

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2014_09
17
(Wed)05:17

鶴鳴館

鶴鳴館
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内に鶴鳴館(かくめいかん)があります。鶴鳴館は賓客の接待に使われた茅葺きの建物でしたが戦災で焼失しました。現在の建物は昭和24年(1949)に山口県岩国市にあった吉川邸を移築したものです。武家屋敷のたたずまいをよく伝え建物です。

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2014_09
16
(Tue)05:18

津田永忠石碑

津田永忠石碑
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 園内には明治19年(1886)に建てられた津田永忠遺績碑が建てられています。永忠は後楽園の築庭の他、閑谷学校の整備をはじめ、洪水を防ぐための百間川の築造、吉備津彦神社の再建、池田家墓所造りなど、数多くの事業を手がけました。倉安川を掘削し用水路と吉井川から岡山城下への運河に利用させたり、倉田新田など瀬戸内海の児島湾の干拓事業などもしています。

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2014_09
15
(Mon)04:55

岡山後楽園

岡山後楽園
 岡山県岡山市後楽園に岡山後楽園があります。
 後楽園は旭川の中洲にある島公園で、水戸偕楽園、金沢兼六園とともに日本三名園の一つに数えられています。曲水の庭園としても名高く、総面積は13万3千平方メートル(1万7千坪)と広大です。
 後楽園は貞享4年(1687)岡山藩主の池田綱政が家臣の津田永忠に命じて造らせた庭園です。14年の歳月をかけて元禄13年(1700)頃完成させました。
 開園当初は岡山城の後ろに造られた園という意味で「後園」「御後園」と呼ばれていたそうです。明治4年(1871)に、「後楽園」と改められたそうです。
 「天下の憂いに先じて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」という中国の諺から「先憂後楽」の後ろ2文字をとって後楽園と名付けられたようです。
 後楽園は明治17年(1884)までは池田家の茶屋屋敷でした。その後岡山県に譲渡されて一般公開されるようになりました。
 後楽園の様式は江戸初期の造園法である遠州流を用いています。有名な桂離宮に良く似ていて、その趣向も数々の特色を持っています。
 特色の第1は林泉回遊式といわれるもので、歩くにしたがって風景が変化するように作庭されていることです。第2は借景の様式です。備前富士、操山、烏城などが借景として生かされています。
 第3に旭川の水が水路、池、滝、池と4段階に利用され、見事な造園技術を示していることです。第4には広大な芝生と広々とした沢の池が対照をなし、瀬戸内海のような明快さと優美さを備えたものになっていることです。

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2014_09
14
(Sun)03:46

小納戸櫓下石垣

小納戸櫓下石垣
 岡山県岡山市丸の内に岡山城があります。
 岡山城には小納戸櫓下の石垣があります。池田忠雄が寛永年間初期(1620年代)に築いた石垣で、搦め手の廊下門脇を守る小納戸櫓が上に建っていました。
 一帯の石垣の石材は犬島(岡山市犬島)から運ばれたとみられる割石でいろいろな刻印が記されています。これらの石垣も国の特別名勝となっています。

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2014_09
13
(Sat)04:49

六十一雁木上門

六十一雁木上門
 岡山県岡山市丸の内に岡山城があります。
 岡山城には六十一雁木上門があります。本段から川手に通じる石段道の上にある門で、段が61段あったことから名付けられました。階段の下に本格的な櫓門がありましたが、ここにも門を設け万全を期していました。両門とも明治になって取り壊され、昭和41年(1966)にこの門だけが木造で再建されたものです。

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2014_09
12
(Fri)04:34

岡山城の古い石垣

岡山城の古い石垣
 岡山県岡山市丸の内に岡山城があります。
 岡山城内には地中に埋もれていた古い石垣があります。今から400年ほど前、宇喜多秀家が岡山城を築いたときの石垣だそうです。江戸時代の初めに城を改造するときにこの石垣を埋め中の段を北側に広げたようです。平成5年(1993)の発掘調査で発見されたそうです。

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2014_09
11
(Thu)04:50

岡山城不明門

岡山城不明門
 岡山県岡山市丸の内に岡山城があります。
 岡山城の不明門(あかずのもん)は中の段から本段に上る正門です。表書院(藩庁)の南端から本段(城主居館)へ上がる石段の入口に設けられています。明治の廃城後取り壊されましたが昭和41年(1966)に鉄筋コンクリートで再建されました。
 城主の平素の出入りは北端の渡り廊下を通っており、不明門はほとんど開かれることがなかったのでこの呼び名があるそうです。本段には藩主が日常生活を営む御殿があり、入ることができたのは、特に限られた身分の人であったようです。

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2014_09
10
(Wed)05:04

岡山城廊下門

岡山城廊下門
 岡山県岡山市丸の内に岡山城があります。
 岡山城の廊下門は本丸の北側から中の段に上るための裏(搦手)門です。表書院(中段)から本段(上段)に渡した長廊下の下手に設けられています。月見櫓と同じく元和元年(1615)から寛永9年(1632)の間ぐらいに池田忠雄によって建てられたようです。
 廊下門は藩主が御殿外にいる藩士や奉公人に全く顔を見せずに各御殿を行き来することができるように造られました。しかし、この門は明治の廃城の時に取り壊されました。現在の建物は昭和41年(1966)に鉄筋コンクリートで再建されたものです。

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2014_09
09
(Tue)03:25

天守閣礎石

天守閣礎石
 岡山県岡山市丸の内に岡山城があります。
 岡山城には天守閣の礎石があります。国の特別名勝に指定されています。天守閣は昭和20年(1945)6月29日の空襲で焼失しました。昭和41年(1966)にコンクリートの天守が元の位置に再建されました。天守台内部を刳り抜いて地下室を設けたため、礎石のみこちらに移し配置されたのです。

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2014_09
08
(Mon)05:09

岡山城西丸西手櫓

岡山城西丸西手櫓
 岡山県岡山市丸の内に岡山城があります。
 岡山城の西丸西手櫓は西丸の西端にある隅櫓で旧内山下小学校にあります。月見櫓とともに戦災を免れました。月見櫓より少し前の、小早川時代か、池田忠雄の西丸改修の時に建立されたと考えられています。月見櫓と比べると、上下同じ大きさの層で平面を重ねた古い形式の櫓です。
 東西3間半、南北5間、重層の土蔵造りで、南と北に出入口があります。2階は床間付きの畳敷き広間になっています。東側には雨戸立て窓に腰高明かり障子、南・西・北側には廊下が廻らされています。昭和8年(1933)に国宝に指定され、現在は国の重要文化財に指定されています。

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2014_09
07
(Sun)05:14

岡山城月見櫓

岡山城月見櫓
 岡山県岡山市丸の内に岡山城があります。
 岡山城の月見櫓は西丸西手櫓とともに国の重要文化財に指定されています。月見櫓は、岡山城本丸を構成する一二三の段の2段目にあたる中の段の北西角を固める隅櫓です。
 月見櫓は池田忠雄が岡山城主の時の、元和元年(1615)から寛永9年(1632)の間ぐらいに建てられたと推察されています。構造は、一部地下付きの塗籠造り、本瓦葺きの2階建てです。城外から眺めると2層の望楼型に見え、城内から眺めると3層の層塔型に見えます。
 初層は東西5間、南北4間、2重は方3間です。西面では下重に入母屋破風を付けています。内側の東西と南面には手摺り付きの縁が廻っていて月見などの宴も行ったのではないかと思われます。

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2014_09
06
(Sat)03:46

岡山城

岡山城
 岡山城は最初はもっと西にある石山という小さい丘の上にあり、大永年間(1521-28)金光備前によって築かれた石山城が始まりといわれています。当時、沼城に居城を置いていた宇喜多直家は金光宗高を謀殺し、天正元年(1573)に石山城に入り、城の改修と城下町造りを始めました。
 現在の岡山城の姿にしたのは直家の息子である宇喜多秀家だといわれています。岡山という丘に本丸が建てられたことから岡山城と称され、城下町も岡山と呼ばれるようになったようです。
 天正18年(1590)から城の大改修を始め、慶長2年(1597) に完成させました。旭川の流路を現在のように直し、三重の堀を廻らしました。天守閣は、野面積みの石垣を持つ平面不等辺五角形の天守台に、3層6階で安土城を模して天守閣を築いたのです。黒い下見張りの外観を持つことから「烏城」とか「金烏城」と呼ばれました。
 五大老でもあった宇喜多秀家は関ヶ原の戦いでは西軍に組しました。慶長5年(1600)この合戦に敗れ、八丈島へ流されました。代わって筑前国名島より小早川秀秋が52万石の大名として入封しました。2年後の慶長7年(1602)に秀秋は急死し、嫡子がいなかったため没収されてしまいました。
 慶長8年(1603)池田忠継(ただつぐ)が28万石で入城しました。忠継はこの時わずか5歳でした。忠継の母は徳川家康の娘の督姫であったことから城主になれたようです。異母兄の池田利隆が藩政を代行し、慶長9年(1604)領内検地を実施し、兵農分離、夫役の廃止などを行いました。
 わずか17歳で忠継は病没し、元和元年(1615)、同母弟の池田忠雄(ただかつ)が家督を継ぎました。寛永7年(1630)小姓の渡辺源太夫が河合又五郎に殺害されるという鍵屋の辻の決闘事件があり、脱藩した又五郎をかくまった旗本と外様大名の争いに発展しました。寛永9年(1632)忠雄は31歳の若さで没しました。
 忠雄の嫡男光仲が家督を継ぎましたが、幼小であることから因幡国鳥取へ転封となり、代わって鳥取から池田家宗家である池田光政が入封しました。光政は寛文10年(1670)日本最古の庶民の学校として閑谷学校を開き、教育の充実と質素倹約を旨とした「備前風」といわれる政治姿勢を確立しました。
 岡山郡代官・津田永忠を登用し、干拓などの新田開発、百間川(旭川放水路)の開鑿などの治水を行い、産業の振興も奨励しました。光政は水戸藩主・徳川光圀、会津藩主・保科正之と並び、江戸時代初期の3名君と称されました。
 以来池田氏が32万石をもって代々この地を治め、明治まで続きました。明治維新になり廃城になりましたが、天守閣、月見櫓、西丸西手櫓、石川門は残りました。しかし太平洋戦争中の昭和20年(1945)6月29日の空襲で天守閣と石山門が焼失してしまいました。
 西丸西手櫓と月見櫓だけは戦災を免れ、ともに国の重要文化財に指定されています。また本丸、櫓、門、旧本丸などの石垣、内濠及び日本3名園の一つの後楽園は国の特別名勝となっています。
 昭和41年(1966)岡山大学に残されていた設計図を基にして鉄筋コンクリート造りの天守閣が再建されました。内部は展示品を展示し、5・6階の展望室からは、後楽園が見えます。平成9年(1997)築城400年を機に、金箔瓦と金の鯱に改修され、かっての「金烏城」を再現させました。
 岡山城は天守を中心にして櫓35棟・多門6棟・城門32棟で固めた天下の堅城でした。三重6階の天守閣は全国的に見てもめずらしい不等辺5角形の天守台となっています。また荒々しい野面積の石垣も魅力です。城址は烏城公園として整備されています。

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2014_09
05
(Fri)05:09

吉備津神社犬養木堂像

吉備津神社犬養木堂像
 吉備津神社には犬養木堂像が建てられています。御釜殿の近くの道路を挟んだ駐車場の奧にあります。木堂は号で5.15事件で暗殺された犬飼毅元首相で、地元の大庄家の出身です。
 近くには旧犬養家住宅があり犬養木堂記念館となっています。明治中期から昭和初期にかけて政党政治の確立に貢献した、清廉潔白なすぐれた政治家であったそうです。昭和5年(1930)5月15日、有名な「話せばわかる」と言う言葉を残し、海軍青年将校の凶弾に倒れたのでした。

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04
(Thu)04:51

千代の富士奉納額

千代の富士奉納額
 吉備津神社には元横綱千代の富士の優勝額が奉納されています。昭和61年1月場所で優勝した時の額で、吉備津神社の氏子で横綱千代の富士の後援会長を務められた人が納めたそうです。

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2014_09
03
(Wed)04:50

吉備津神社銅鐘

吉備津神社銅鐘
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社の銅鐘は永正17年(1519)に社務代の生石兵庫助藤原家秀たちによって国家安康を祈って奉納されたものです。国の重要美術品に指定されています。神仏習合時代に造られたものが享保17年(1732)に境内にあった三重塔破却事件が起こり、元文2年(1737)に幕府裁定が寺院敗訴となって神仏分離運動が加速された遺品の一つだそうです。

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2014_09
02
(Tue)04:48

吉備津神社御神木

吉備津神社御神木
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
 吉備津神社には御神木の大いちょうがあります。樹齢は600年という巨木です。いちょうの木が神木となっているのはめずらしい感じがします。

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2014_09
01
(Mon)04:15

吉備津神社稚児慰霊社

吉備津神社稚児慰霊社
 岡山県岡山市吉備津に吉備津神社があります。
  吉備津神社には稚児慰霊社があります。心ならずも稚児となった子供の御霊、口惜しくも幼くしてなくなってしまった子供の御霊をお祀りしているお社です。
 広大な境内には多くの攝社や末社が祀られています。多いときには72の末社があったと伝えられています。

下記のサイトにもお立ち寄りください!
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