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大正ロマン館 

大正ロマン館
 兵庫県篠山市北新町に大正ロマン館があります。
 大正ロマン館は大正12年(1923)に建てられた西洋館で旧・篠山町役場でした。(1992)に役場としての使用を終えました。改修され(1993)に「大正ロマン館」という名で開館し、篠山観光の拠点施設として活用されています。
 木造平屋建て、寄棟造りの西洋館です。角地を利用した独特な造りです。角地に玄関を設け、特徴ある意匠を集中させています。縦長の上げ下げ窓や、搭屋、セグメンタルペディメント風のパラペットなど当時の洋風建築の要素が取り入れられています。

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私立篠山中年学舎跡 

私立篠山中年学舎跡
兵庫県篠山市黒岡に春日神社があります。
 明治9年(1876)安藤直紀(後の初代篠山町長)ら在郷有志により、春日神社社務所の小桃源(しょうとうげん)に「私立篠山中年学舎」が設立され、漢文、数学の授業が開始されました。篠山藩21代の青山忠誠(ただしげ)が校祖となっています。

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春日神社絵馬堂 

春日神社絵馬堂
兵庫県篠山市黒岡に春日神社があります。
 春日神社の絵馬堂は昭和27年(1952)に平和を記念して建立されました。内部の馬絵は、当初は旧拝殿内にあったものです。慶安2年(1649)に松平忠国が奉納した狩野尚信作の黒神馬は、篠山市の文化財に指定されています。この馬が絵から抜け出しては黒岡の田畑を荒らしたことから、金網が張られています。

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春日神社能舞台 

春日神社能舞台
兵庫県篠山市黒岡に春日神社があります。
 春日神社の能舞台は篠山藩主13代藩主青山忠良によって文久元年(1861)に建てられました。棟梁は稲山嘉七、永井理兵衛で、舞台背景画は松岡曾右衛門によって描かれています。当時、箱根より西でこのような立派な舞台はないといわれたそうです。
 能舞台は舞台、楽屋、鏡の間、橋掛で構成され、舞台は間口5.9m、奥行5.9m、入母屋造り、桟瓦葺きです。楽屋、鏡の間は間口8.9m、奥行7.6m、切妻造り、桟瓦葺きです。橋掛は間口9.8m、奥行2.7m、両下造り、桟瓦葺きです。平成15年(2003)に国の重要文化財に指定されました。

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春日神社 

春日神社
兵庫県篠山市黒岡に春日神社があります。
 春日神社は地元では「おかすがさん」と呼ばれる氏神です。貞観18年(876)、日置荘を治めていた藤原基経、藤原時平父子が藤原氏の氏神である春日大社の分霊を勧請したのが始まりといわれています。
 始めは現在の篠山城がある場所に鎮座していましたが、慶長14年(1609)、篠山城築城のため現在地に奉遷しました。そして歴代篠山城主から崇敬され庇護されてきました。
 文久元年(1861)には13代藩主青山忠良(ただなが)によって現在ある能舞台が寄進されました。能楽愛好者として知られた忠良によって能舞台は凝った造りとなっており、国の重要文化財に指定されています。
 床は桧張りで、舞台の床下には床板を踏む音を反響させるため、7個の立杭焼の大甕が埋めてあります。反響させるための向きや伏せ方が完璧で、全国の能舞台の中でも屈指のものとされています。

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篠山市立青山歴史村 

篠山市立青山歴史村
 兵庫県篠山市北新町に篠山市立青山歴史村があります。
 青山歴史村は、桂園舎という建物を中心に、3棟の土蔵と長屋門から成っています。桂園舎は版籍奉還後、青山家の別邸として建てられました。長屋門は文化年間(1804-1817)に建てられた澤井家の長屋門を移築したもので篠山市の有形文化財に指定されています。
 篠山藩校「振徳堂(しんとくどう)」で使用していた版木や、源氏物語絵巻、藩政文書、青山家ゆかりの品などを収蔵展示しています。昭和62年(1987)、財団法人青山会が青山歴史村を造り、平成10年(1998)、篠山市に寄付、市の史料館となりました。

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安間家史料館 

安間家史料館
 兵庫県篠山市西新町に篠山武家屋敷があっります。
 安間家史料館は天保元年(1830)以降に建てられた武家屋敷で、平成6年(1994)10月から翌年3月にかけて全面的な改修を行い、史料館として一般に公開しました。安間家は代々篠山藩に仕えた12石3人扶持の下級武士だったそうです。
 安間家史料館の中には安間家が使用していた品々が展示されています。建物は間口6.5間、奥行7.5間で、入母屋造り、茅葺きの曲屋です。当時の下級武士の生活を伝える貴重な建物として平成6年(1994)に篠山市指定文化財に指定されました。

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篠山武家屋敷 

篠山武家屋敷
 兵庫県篠山市西新町に篠山武家屋敷があります。
 篠山市の武家屋敷群は篠山伝統的建造物群保存地区の一つです。平成16年(2004)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれています。篠山市街中心地にあり、篠山城の外堀に面した上級武士の屋敷群と、その一本西に通る御徒士町通りに沿った下級武士の屋敷群です。
 慶長15年(1610)篠山城が完成すると、城下町が形成され武家屋敷群が生まれました。現在残っている入母屋造り、茅葺き屋根の主屋や土蔵は天保元年(1830)の大火災後に再建された建物です。
 御徒士町武家屋敷群の通りの一番奥にある旧安間家住宅は、篠山市の有形文化財に指定され、内部も公開されています。標準的な徒士住宅で、茅葺きで曲屋形式の母屋と瓦葺の土蔵が残っていて、当時の武家の暮らしを伝えています。
 全国でも価値が高い町並みであると評価され、平成19年(2007)には美しい日本の歴史的風土100選に選ばれました。平成21年(2009)には篠山まちなみ保存会の活動などが評価され、文化庁長官表彰を受賞、平成26年(2014)には都市景観大賞(都市空間部門)を受賞しています。

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篠山市立歴史美術館(旧篠山地方裁判所) 

篠山市立歴史美術館(旧篠山地方裁判所)
 兵庫県篠山市呉服町に篠山市立歴史美術館(旧篠山地方裁判所)があります。
 篠山市立歴史美術館は旧篠山地方裁判所の建物でした。明治24年(1891)に竣工された日本最古の木造裁判所で、国の重要文化財に指定されています。昭和56年(1981)まで裁判所として使用され、昭和57年(1982)に外観と旧法廷を従来の形で残し、美術館として開館しました。
 木造平屋建て、入母屋造り、桟瓦葺きで、外壁は真壁造り白漆喰仕上げです。平面は中央に玄関車寄を置き、両端を僅かに前に突き出しています。前面左右に法廷を配したE字型で、両翼は約40mにもなります。内部は簡素で、意匠は無く重厚さを感じさせます。
 篠山藩主・青山家伝来の品々を中心に、篠山に伝わる武具、漆芸、絵画、蒔絵のなどの美術品などを収蔵・展示しています。篠山藩の御用窯として開窯した王地山焼の名品や、古代の埋蔵文化財などもあります。

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青山神社 

青山神社
 兵庫県篠山市北新町に篠山城跡があります。
 明治4年(1871)に篠山城は廃城となりました。明治15年(1882)藩主であった青山家に因んだ青山神社が篠山城内の本丸のあった所に建てられました。青山家の遠祖・青山忠俊を祭神としています。拝殿は間口3間、奥行2間の入母屋造り、銅板葺きで1間の向拝があります。本殿は一間社流造り、銅板葺きです。

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篠山城大書院 

篠山城大書院
 兵庫県篠山市北新町に篠山城跡があります。
 大書院は、明治維新後、篠山城の大部分の建物が取り壊された中、唯一残されていました。しかし昭和19年(1944)に焼失してしました。現在建てられている大書院は平成14年(2002)に再建された建物です。江戸時代中期の間取り図を基に1億円1千万円をかけて建立されたそうです。

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篠山城天守台 

篠山城天守台
 兵庫県篠山市北新町に篠山城跡があります。
 篠山城の天守台は東西約18m、南北約20mです。石垣の高さは約17mもあり、天守閣は堅固すぎるとの理由で建てられず、天守台南東隅に4m四方の一重の隅櫓が建てられました。築城当初は現在の二の丸が本丸でした。現在の本丸は天守台が造られたことから殿主丸と呼ばれていたそうです。

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篠山城跡 

篠山城跡
 兵庫県篠山市北新町に篠山城跡があります。
 篠山城は桐ヶ城ともよばれ篠山市街地の中央にあります。慶長14年(1609)、徳川家康は、親藩の松平康重を笠間藩(茨城県笠間市)から従来からあった八上城に5万石で移封させ、八上城を廃して新たに篠山城を築城させました。
 篠山は交通の要衝で大阪城の豊臣家に対する軍事的拠点になり、豊臣恩顧の西国大名と豊臣家を分断する布石にもなりました。築城の普請奉行は姫路52万石の池田輝政、縄張りは津22万石と藤堂高虎が命ぜられました。
 助役として広島49万石福島正則、土佐20万石山内康豊をはじめ、西国の15ヶ国の外様大名が命ぜられました。8万人の労力と財力が投入され、6ヶ月という速さで慶長14年12月に篠山城はほぼ完成したそうです。
 城郭は篠山という小山を利用した平山城で東西、南北とも約400m、天守閣はありませんが、本丸の北東の高台には殿守丸を配し、さらに東西19m、南北20m、石垣高さ17mの天守台があります。本丸と二の丸には3重櫓があり天守閣のような役割を果たしています。
 二の丸には、大書院、小書院、中奥御殿、奥御殿、台所、庭園などがあり儀式や執務を行う重要な場所でした。大書院は京都二条城の御殿を模したといわれています。東西28m、南北26mと大規模で、格式の高いものでした。昭和19年(1944)の火災により焼失し、再建されています。
 元和5年(1619)、松平康重が岸和田藩に移封になり、高崎藩(群馬県高崎市)から松平信吉が入封しました。翌年、信吉は死去し、松平忠国が2代目になりました。慶安2年(1649)に忠国は明石藩に移封になり、高槻藩から松平康信が5万石で入封しました。。
 寛延元年(1748)、5代目松平信岑が亀山藩に移封になり、亀山藩から青山忠朝が5万石で入封しました。2代目青山忠高は儒学者を登用して藩校・振徳堂を建設し藩士の教育と文化発展に努めました。4代目青山忠裕、5代目青山忠良は老中の要職についています。青山家は明治維新まで6代続きました。

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如意寺山門 

如意寺山門
 兵庫県神戸市西区櫨谷町谷口に如意寺があります。
 如意寺の山門は伽藍からはかなり離れた所に門だけがポツンと建っています。昔は広大な寺域であったことが伺えます。山門内には鎌倉時代の作とされる塑像の金剛力士(仁王)像の阿形・吽形2体が安置されていました。この塑像は兵庫県の文化財指定を受けています。

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如意寺三重塔 

如意寺三重塔
 兵庫県神戸市西区櫨谷町谷口に如意寺があります。
 如意寺の三重塔は高さ21.33mの三間三重塔婆で、本瓦葺きです。相輪上部「竜池の銘の写し」に至徳2年(1385)建立と銘記されています。塔は礎石の上に立ち、高欄のない縁を廻らしています。中央間板唐戸、脇間連子窓、中備えは三間とも間斗束、軒は二軒繁垂木です。三層各階には、それぞれ大日・釈迦・多宝如来を安置して法華経と密教思想の融合を示しています。昭和27年(1952)に国の重要文化財に指定されています。

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如意寺阿弥陀堂(常行堂) 

如意寺阿弥陀堂(常行堂)
 兵庫県神戸市西区櫨谷町谷口に如意寺があります。
 如意寺の常行堂でもある阿弥陀堂は間口3間、奥行3間、単層、入母屋造り、とち葺き形銅板葺きの建物です。鎌倉時代の初期に建てられたと推察され、正面は全面蔀戸としています。天台宗の常行三昧(じょうぎょうざんまい)という重要な修行のための堂宇で、内部には本尊の阿弥陀如来を安置しています。

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如意寺文殊堂 

如意寺文殊堂
 兵庫県神戸市西区櫨谷町谷口に如意寺があります。
 如意寺の文殊堂は間口5間、奥行4間、単層、入母屋造りで本瓦葺きの建物です。傾斜地に建ち、前面を高床式としているのが特徴です。部材の墨書から享徳2年(1453)の建立と推定されています。内部には厨子があり聖僧文殊を安置しています。附指定の厨子を含め昭和27年(1952)に国の重要文化財に指定されています。

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如意寺 

如意寺
 兵庫県神戸市西区櫨谷町谷口に如意寺があります。
 比金山(ひきんさん)如意寺は天台宗の古刹です。如意寺旧記によると、大化元年(645)、天竺(インド)から飛来したといわれる法道(ほうどう)仙人が地蔵菩薩と毘沙門天を祀ったのが起源とされています。
 大化5年(649)、孝徳天皇の勅願寺と定められ、大規模な堂塔伽藍が建立され、仁寿元年(851)には円仁が文殊堂を建立しました。その後、荒廃し諸堂は荒れ果てましたが、正暦年間(990-995年)に安養尼願西(恵信僧都の姉)によって中興されたそうです。
 貞応2年(1223)には国役を免除され、至徳2年(1385)に三重塔が建立され、享徳2年(1453)頃には文殊堂が建てられました。最盛期には境内は東西16町、南北12町と広大で、塔頭は24坊もあったようです。
 天文8年(1539)、火災により本堂や諸堂が焼失しました。寛永13年(1406)、寛文12年(1672)に大改修されています。寛文7年(1667)に東叡山寛永寺の末寺となり、江戸時代においてもなお12坊院があり、朱印地43石余、年貢地80石余が認められていたそうです。
 本堂は老朽化により傾いたため第二次世界大戦後まもなく解体されました。現在は阿弥陀堂、三重塔、文殊堂が残っており、いずれも国の重要文化財に指定されています。

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太山寺奥の院 

太山寺奥の院
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 閼伽井(あかい)橋を渡ると太山寺の奥の院になり、稲荷舎と地蔵堂があります。昔は地蔵堂の下から巌窟を通って水が湧き出ていたそうです。霊水は仏前に供えられ、閼伽井となっていました。この霊水は眼病に効力があると評判だったそうです。

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太山寺観音堂 

太山寺観音堂
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 太山寺の観音堂は千手観音を祀っています。この観音像は兵庫県の有形文化財に指定されています。

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太山寺羅漢堂 

太山寺羅漢堂
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 本堂の右手奥に太山寺の羅漢堂があります。江戸時代の後期に建てられたと推察されています。四天王像、十六羅漢尊像、釈迦の4大弟子像が安置されています。天井には多くの草花が描かれています。

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太山寺釈迦堂 

太山寺釈迦堂
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 本堂の右手奥の羅漢堂の奥に太山寺の釈迦堂が建っています。江戸時代の後期に建てられたものと推察されています。宝形造り、本瓦葺きです。釈迦、文殊、普賢の釈迦三尊仏が安置されています。花祭りはこの釈迦堂で営まれます。

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太山寺護摩堂 

太山寺護摩堂
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 太山寺護摩堂は本堂の左手奥に建っています。江戸時代中期(17世紀後半)に建てられたと推察されます。間口3間、奥行3間の宝形造りで、屋根は本瓦葺きです。大黒天像、不動明王像、毘沙門天像が安置されています。

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太山寺三重塔 

太山寺三重塔
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 中門を入った右に太山寺の三重塔が建っています。棟札から、貞享5年(1688)に再建された塔です。 高さは約20m、三間、本瓦葺きの三重塔です。塔の内部には四天柱、来迎壁があり、須弥壇には等身大の大日如来像と四天王像が安置されています。
 三重塔には擬宝珠高欄を付した縁がめぐらせてあります。中央間板唐戸、脇間連子窓、中備えは中央間のみ間斗束です。各層四隅の尾垂木の問には邪鬼を置いています。色は各層で異なり、下から白、緑、褐色となっ ています。江戸中期のものとしては、中世以来の古い様式で造られた塔です。三重塔は平成元年(1989)に兵庫県の文化財に指定されています。

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太山寺本堂 

太山寺本堂
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 太山寺の本堂は間口7間(20.82m)、奥行6間(17.76m)、単層、入母屋造り、銅板葺きです。 鎌倉時代の弘安8年(1285)の火災後の永仁年間(1293-1299)に再建された建物とみられています。昭和30年(1955)に神戸市内では唯一の国宝に指定されています。
 本堂は人の空間である外陣と、仏の空間である内陣を結界(格子戸)で分ける、密教本堂式と呼ばれる形態になっています。 技法は和様を主とし、正面はすべて蔀戸(しとみど)を用いる古い手法です。ただ、唐様(禅宗様)の木鼻をつけ、肘木の西側半分が唐様で、折衷形式を少し加えている特徴があります。

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太山寺阿弥陀堂 

太山寺阿弥陀堂
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 太山寺の阿弥陀堂は、貞享5年(1688)に再建された建物です。本来は、天台宗の修法である常行三昧の修行堂である常行堂であったようですが、阿弥陀如来に対する信仰が高まるにつれて、阿弥陀堂となったようです。
 鎮座する像高274cmの丈六の阿弥陀如来坐像は鎌倉時代初期のもので国の重要文化財に指定されています。宇治平等院の鳳凰堂にある阿弥陀如来坐像と同じ大きさで、様式も同じ造りです。

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太山寺仁王門 

太山寺仁王門
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 太山寺の仁王門は三間一戸の八脚門で、入母屋造り、本瓦葺きで、棟高は8mもあります。もともとは重層の楼門でしたが、上層部を撤去し、軒回りも小さくして現在の形にしてあります。中央部分を開放し、両脇間は金剛柵を正面と内側にして、上に菱欄間を付けて仁王像を納めています。
 この仁王門は他の場所にあったものを現在の場所に移築したと考えられています。室町時代中期頃に建てられたと推察されています。大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。

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太山寺 

太山寺
 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開に太山寺があります。
 三身山(さんしんざん)太山寺(たいさんじ)は天台宗の古刹で、兵庫県で最も多くの文化財を残している所として有名です。天延元年(973)の年紀をもつ播州太山寺縁起によると、藤原鎌足の長男・定惠和尚が開山し、霊亀2年(716)藤原不比等(鎌足の次男)の子である宇合が建立したと記されています。
 宇合が明石浦摩耶谷の温泉で療養中、夢の中に薬師如来が現れたそうです。如来はここより東北の地に定惠和尚結縁の地があり、定惠和尚は願望を果たせず寂したと示現したところ、宇合はその教示に従い七堂伽藍を整備して薬師如来の尊像を安置したのだそうです。
  太山寺は元正天皇(715-723在位)の勅願所となり、白河・後宇多・崇光天皇なども臨幸され、一般民衆からも広く信仰を集めました。建武中興(1334)の時は、朝敵北条勢を討つため大塔宮護良親王の令旨を受けて、太山寺衆徒のめざましい活躍があったそうです。
 寺運は大いに栄え、この地方の一大法城として南北朝時代には支院41ヶ坊・末寺8ヶ寺・末社6ヶ社を持ち大勢の僧兵もいました。世相の有為転変や戦火により興亡・浮沈は著しく、現在は龍象院・成就院・遍照院・安養院・歓喜院の5ヶ坊となっています。
 太山寺の境内には、神戸市内唯一の国宝である本堂、国の重要文化財に指定されている仁王門、県指定文化財の三重塔があります。中門、護摩堂、鐘楼、羅漢堂、釈迦堂、観音堂、阿弥陀堂が点在し、閼伽井(あかい)橋の奥には奥の院があります。
 約1万4千平方mの境内地には雄滝、雌滝、照明滝などの瀑布があり、太山寺風致地区に指定された周辺には原生林が生い茂っています。春は桜、夏は新緑、秋は紅葉の名所にもなっています。

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若王子神社本殿 

若王子神社本殿
 兵庫県神戸市北区山田町福地新地に若王子神社本殿があります。
 若王子神社本殿は三間社流造り、竪板葺きの小さな社殿です。棟札によると永仁5年(1297)橘長綱が建立したものを、応永15年(1408)に橘光綱が新営した建物です。室町中期の建築技法を知る上で貴重な社殿で大正3年(1914)に国の重要文化財に指定されています。

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