生和神社本殿

滋賀県野洲市冨波乙(とばおつ)に生和(いくわ)神社があります。
生和神社の本殿は間口2間3尺、奥行2間1尺の一間社、流造り、単層、檜皮葺きの建物です。近くにある国宝の大笹原神社本殿は応永2年(1425)に建てられていますが、生和神社本殿の蟇股や花肘木、格狭間の意匠が、それよりもやや古式であるため、南北朝時代に建てられたと推定されています。
生和神社の本殿は一間社としては大型で背面に縁を廻し、中揃えに蟇股を飾っているのが特徴です。蟇股には宝相華文様や宝珠と雲などの立派な彫刻が施されています。摂社春日神社本殿とともに昭和24年(1949)、国の重要文化財に指定されています。
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生和神社摂社日吉神社本殿

滋賀県野洲市冨波乙(とばおつ)に生和(いくわ)神社があります。
摂社日吉神社本殿は生和神社本殿の左側に建てられています。一間社、流造り、檜皮葺きで、右側にある春日神社本殿よりも一まわり小ぶりです。
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摂社春日神社本殿

摂社春日神社本殿(国重文)
滋賀県野洲市冨波乙(とばおつ)に生和(いくわ)神社があります。
生和神社の摂社春日神社本殿は生和神社本殿の右側に建てられています。一間社、流造り、単層、檜皮葺きの建物です。形式手法は本殿より古式で、鎌倉後期(1275-1332)の建築と考えられています。小規模ながら舟肘木や向拝の手狭などに当時の意匠や工法が伺えます。生和神社本殿とともに昭和24年(1949)、国の重要文化財に指定されています。
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生和神社拝殿

滋賀県野洲市冨波乙(とばおつ)に生和(いくわ)神社があります。
生和神社の拝殿は間口3間、奥行3間、単層、入母屋造り、本瓦葺きの建物です。舞殿のような造りで、四方吹き抜けの造りで戸がはめこまれています。奥には生和神社本殿と摂社春日神社本殿が鎮座しています。
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生和神社

滋賀県野洲市冨波乙(とばおつ)に生和(いくわ)神社があります。
生和神社は野洲駅の北東約1.2kmのところにあります。当時の領主であった生和三郎こと藤原忠重は奈良の春日大社に祈願して、里人を苦しめていた冨波一の沢にいた大蛇を命と引き換えに退治しました。これに感謝した村人が寛弘6年(1009)に一宇を造立したのが生和神社の始まりです。
朝廷からの崇高は厚く、延徳3年(1491)後土御門天皇は、正一位の神階と勅額を下賜されました。大永6年(1526)には、当時の領主であった藤村左衛門尉成俊が田地300石を寄進しています。しかし、天正4年(1576)、織田信長により田地の大部分を没収されてからは衰微していきました。
明治10年(1877)、村社になり、昭和24年(1949)、生和神社本殿と摂社春日神社本殿が宝暦・嘉永の棟札とともに重要文化財に指定されました。境内には他に拝殿、神輿庫、神饌所、祭器庫、社務所、手水舎、中門、透塀 日吉神社本殿などが建ち並んでいます。
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大行事神社本殿

滋賀県野洲市久野部(くのべ)に大行事神社があります。
大行事神社本殿は、間口4尺、奥行5尺、一間社流造り(ながれづくり)、檜皮(ひわだ)葺きで、室町時代中期に再建された建物です。小規模ながら室間時代の神社本殿建築の遺構として大変貴重なことから昭和18年(1943)に国の重要文化財に指定されています。
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野上神社本殿

滋賀県野洲市久野部(くのべ)に大行事神社があります。
摂社野上神社本殿は大行事神社本殿の左に鎮座する小さな本殿です。一間社流造り(ながれづくり)、柿(こけら)葺きで、室町時代に作られています。目の細かい良質のヒノキ材を使っており、修理を受けた形跡もないそうです。庇中央の蛙股や組物に中世の古式を伝えています。大行事神社摂社野上神社本殿として野洲市指定文化財に指定されています。
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大行事神社

滋賀県野洲市久野部(くのべ)に大行事神社があります。
大行事神社はJR野州(やす)駅の北約500mのところにある円光寺の本堂の右にあります。円光寺の鎮守社として勧請されたのが始まりと伝えられています。覆屋の中に、国指定重要文化財の小さな大行事神社の本殿と、左側に鎮座するさらに一回り小さい摂社の野上神社があります。
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円光寺九重塔

滋賀県野洲市久野部(くのべ)に円光寺があります。
円光寺九重塔が本堂に向かって左側に建てられています。康元年間(1256-1257)に作られた石造九重塔で、もとは十三重塔であったと想像されます。九重目は宝塔の笠を流用しています。相輪部はありませんが、高さ4m近い大きなものです。昭和36年(1961)、圓光寺九重塔として国の重要文化財に指定されています。
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円光寺本堂

滋賀県野洲市久野部(くのべ)に円光寺があります。
円光寺の本堂は間口5間、奥行5間、単層、切妻造り、銅板葺きで、1間の向拝が付いています。鎌倉時代の康元2年(1257)に建てられています。棟木に墨書銘文が残されており、建築年代のわかる貴重な文化財で、圓光寺本堂として、昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定されています。
本堂の内部は内陣、外陣、脇陣、後陣と分けられる密教寺院の形態を伝えています。内外陣境と内陣両脇陣境に格子戸をたて、内陣と脇陣は棹縁(さおぶち)天井、その他は化粧屋根裏です。外観は円柱の上に舟肘木を置き、内法長押は母屋から庇の間へ順に低く取り付けています。背面は連子窓と板壁、軒は疎垂木で簡素な造りです。
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円光寺

滋賀県野洲市久野部(くのべ)に円光寺があります。
円光寺はJR野州(やす)駅の北約500mにある天台真盛宗のお寺です。延暦年間(782-804)に最澄により開かれた長福寺というお寺が母体となっています。円光寺と、長福寺は、大行司神社の宮寺という関係でした。
元亀年間(1570-1573)の兵火で、長福寺の本堂が奇跡的に残り、円光寺の諸仏は無事でした。円光寺の仏像を移した事で長福院円光寺という一つのお寺になったのです。平安時代の像高86cmの木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)、室町時代の像高52.4cmの木造地蔵菩薩坐像(兵庫県指定文化財)を安置しています。
県道大津ー能登川長浜線久野部の交差点にあるあるため閑静とは言い難い境内です。国指定重要文化財の本堂のほかに山門、鐘楼、庫裏などが建てられています。本堂前にある九重塔は鎌倉時代の作で国指定重要文化財です。お寺ではなく、神社の境内のような独特の雰囲気があります。
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古宮神社本殿

滋賀県野洲市小篠原に稲荷神社があります。
稲荷神社の境内社である古宮神社(ふるみやじんじゃ)の草創は鎌倉時代です。本殿は近くの福林寺境内にあった十二所神社でした。大正3年(1914)、稲荷神社に合祀され、移築されたものです。稲荷神社境内社古宮(こみや)神社本殿として大正6年(1917)に国の重要文化財に指定されています。
本殿は一間社流造り(ながれづくり)、柿(こけら)葺きです。組物や頭貫(かしらぬき)の木鼻、向拝の蟇股(かえるまた)などの意匠から室町時代中期に建てられたと考えられています。母屋(もや)正面の鴨居の上の欄間や向拝の蟇股に、唐草文様の華麗な彫刻が彫られています。
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稲荷神社本殿

滋賀県野洲市小篠原に稲荷神社があります。
稲荷神社の本殿は拝殿の背後の一段高くなっているところに鎮座しています。向かって左には国指定重要文化財の境内社古宮神社本殿があります。稲荷神社本殿は間口5尺6寸、奥行5尺4寸、一間社流造り(ながれづくり)の柿(こけら)葺きです。
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稲荷神社

滋賀県野洲市小篠原に稲荷神社があります。
稲荷神社は野洲駅の東約1.5km、国道8号線沿いの東側に位置しています。天智天皇壬申の乱に野洲河原で戦死した人々の供養と鎮護国家を祈願して福林寺が建てられました。その守護神として稲荷神社は天暦2年(948)に創建されました。伏見稲荷大明神が勧請され、小篠原の氏神として崇敬されました。
永禄年間の争乱で福林寺の伽藍は衰亡し、当社と福林寺の真福院のみが残りました。寛永10年(1633)、松平陸奥守より禁制を与えられ、元禄16年(1703)に志礼から現在地に遷座され、正一位稲荷大明神の宗源宣旨を受けました。
享保14年(1729)、松平家の京屋敷にあった中門が稲荷神社に奉納移築されました。明治41年(1908)、稲荷神社は村社に指定され、大正3年(1914)には十二所神社、三神社、大神社、岩神神社を合祀しました。
閑静な境内には、拝殿、本殿のほか、神門、神輿庫、祭器庫、手水舎、社務所や、古宮神社、若宮神社 愛宕神社 薬弘社などの境内社が建てられています。古宮神社(十二所神社)は廃寺になった福林寺本堂の上座に建てられていた建物で国の重要文化財に指定されています。
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宇和宮神社本殿

滋賀県栗東市蜂屋(はちや)に宇和宮神社があります。
宇和宮神社の本殿は永正2年(1505)に再建された建物であることが棟木に記されています。三間社流造り(ながれづくり)、檜皮(ひわだ)葺きで、庇(ひさし)に建具を入れて前室とし、さらに向拝一間を付けています。向拝は寛延4年(1751)の修理で、柱や虹梁形頭貫(こうりょうかたかしらぬき)などが取り替えられています。
前室正面の吹寄菱組(ひしぐみ)格子戸の上には繊細な意匠の優れた竹節欄間を入れています。本殿の蛙股には二匹の狐の彫刻が施されています。 昭和5年(1930)、昭和45年(1970)に解体修理が行われています。宇和宮神社本殿は大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。
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宇和宮神社拝殿

滋賀県栗東市蜂屋(はちや)に宇和宮神社があります。
宇和宮神社の拝殿は間口3間、奥行3間、入母屋造り、妻入、檜皮(ひわだ)葺きの建物で舞殿のような造りです。棹縁天井で、軒は各柱間を四支とした二軒疎垂木(まばらだるき)、四周に切目縁を廻らせています。湖東南部の拝殿形式で、栗東市の有形文化財に指定されています。
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宇和宮神社

滋賀県栗東市蜂屋(はちや)に宇和宮神社があります。
宇和宮神社はJR手原駅の北約1.2kmの蜂屋にあります。養老元年(717)領主であった物部(もののべ)玉岡宿弥(たまおかすくね)国照(くにてる)と、国経(くにつね)父子が神託を受けて創建したようです。
倉稲魂神(うかのみたまみこと)、大山祇女(おおやまずみめ)神などを祀っています。こんもりとした森の中の境内には、国指定重要文化財の本殿のほかに、拝殿、中門、神輿庫、神庫、手水舎、社務所 境内社などが建てられています。
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追来神社本殿

滋賀県栗東市綣(へそ)に大宝神社(だいほうじんじゃ)があります。
大宝神社の摂社・追来神社(おふきじんじゃ)本殿は大宝神社の本殿に向かって右手に建てられています。間口1.97m、奥行3.11m、一間社流造り(ながれづくり)、檜皮(ひわだ)葺きの建物です。弘安6年(1283)の建物で、一間社流造りとしては日本最古の遺構であり、滋賀県最古の神社本殿建築でもあります。
追来神社は、地主の神として大宝年間以前より、この綣の地に鎮座されていたようです。伊吹山に座す多々美彦命を祀っています。若宮権現ともいわれ、旧名は意布伎(伊不伎)神社と記されています。式内社の意布伎神社ことを指していると考えられています。追来神社本殿は明治39年(1906)、国の重要文化財に指定されています。
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稲田姫社本殿

滋賀県栗東市綣(へそ)に大宝神社(だいほうじんじゃ)があります。
大宝神社の摂社・稲田姫社本殿は本殿に向かって左手に建てられています。間口2.21mの一間社流造り(ながれづくり)、檜皮(ひわだ)葺きの建物です。永和元年(1375)の再建といわれ、栗東市の有形文化財に指定されています。彫刻や装飾が少ない簡素な造りです。
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大宝神社本殿

滋賀県栗東市綣(へそ)に大宝神社(だいほうじんじゃ)があります。
大宝神社の本殿は三間社流造り(ながれづくり)、檜皮(ひわだ)葺きで、明治27年(1894)に再建された建物です。このとき約1mの盛土を造り、その上に本殿を建造したそうです。本殿の周りには中門付きの高塀が新しく造られました。
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大宝神社拝殿

滋賀県栗東市綣(へそ)に大宝神社(だいほうじんじゃ)があります。
大宝神社の拝殿は本殿と表門の中間に建てられています。間口3間、奥行3間、入母屋造り、妻入、檜皮(ひわだ)葺きの建物で舞殿のような造りです。16世紀初め頃建てられたと推察されています。四周に切目縁をめぐらせ、柱間は各間とも開放され、内部は広い一室になっています。栗東市の有形文化財に指定されています。
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大宝神社表門

滋賀県栗東市綣(へそ)に大宝神社(だいほうじんじゃ)があります。
大宝神社の表門は後西天皇の皇女宝鏡寺宮の寄進によって建立されたといわれています。現在の表門は、享保3年(1718)に上棟された総欅造りの四脚門です。間口4.87m、切妻造り、本瓦葺きの大きな門で、左右に築地塀が付いています。
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大宝神社

滋賀県栗東市綣(へそ)に大宝神社(だいほうじんじゃ)があります。
大宝神社はJR栗東駅の北方約300mの旧中山道沿いにあります。社域は約2万7千平方mと広く、表門、拝殿、本殿と一直線に並んで建っています。創建は大宝年間(701-704)と伝えられ、古くは大宝天皇社とか今宮応天宮と称したそうです。
中世には近江の守護大名・佐々木氏の崇敬が篤く、社運は隆盛を極めたそうです。正徳3年(1713)の資料には、境内社34社、神宮寺、本堂、三重塔、護摩堂、薬師堂、神楽堂、鐘桜堂、経堂などが建ち並ぶ荘厳な境内だったと記されているそうです。慶応4年(1863)神仏分離令により佛眼寺と分離し、社名を大宝神社と改めました。
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最明寺五重塔

滋賀県守山市勝部に最明寺があります。
最明寺の石造五重塔は建長2年(1250)、北条時頼によって、お寺と一緒に建てられたことが寺伝に記されています。基礎から最上端の相輪まで約2.4mあります。相輪の上部が欠損していますが、安定感があり、造形的に優れたものです。
初重軸部は幅に対して高さがあり、4面に仏が刻まれています。各層の屋根石は軒反りが弱く、屋根勾配も緩いことや軸部一体の造りから、鎌倉時代後期の造立といえます。昭和29年(1954)に国の重要文化財に指定されています。
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最明寺

滋賀県守山市勝部に最明寺があります。
最明寺は勝部神社の近くにあります。建長2年(1250)、鎌倉幕府第5代執権であった北条時頼(1227-1263)によって開かれたのが始まりと伝えられています。寺号も時頼が出家・隠棲後「最明寺入道」と名乗ったところからきています。
最明寺は当初、天台宗のお寺でしたが、正安元年(1299)に時宗に改宗しています。境内の地蔵像は安産の御利益で知られています。境内の一隅に立つ石造五重塔は時頼によって建立されたと伝えられ、国の重要文化財に指定されています。
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勝部神社本殿

滋賀県守山市勝部に勝部神社があります。
勝部神社の本殿は明応6年(1497)に近江の守護大名・佐々木高頼が再建した建物です。弘治元年(1555)と天正3年(1575)に修理が行われています。間口2間3尺、奥行2間1尺の三間社流造り(ながれづくり)、檜皮(ひわだ)葺きの建物で、1棟の社殿の中に3神殿が鎮座しています。
本殿は内陣両側の縁を高くしてあり、手挟(たばさみ)が精巧に造られています。肘木(ひじき)の組み方、欄干の形状は力強さにあふれ、室町時代の建築様式の特徴を示しています。大正2年(1913)に国の重要文化財(附き銘札2枚)に指定されています。
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勝部神社

滋賀県守山市勝部に勝部神社があります。
勝部神社はJR守山駅の西約500m、小さな森を背にして建っています。物部布津命(もののべふつのみこと)・火明命(ほあかりのみこと)・宇麻志間知命(うましまちのみこと)を祭神としています。大化5年(649)、当時の領主・物部宿弥(もののべのすくね)広国(ひろくに)が祖神を勧請して物部郷の惣社として創建しました。
仁寿元年(851)には正六位上、元慶6年(882)には従五位以下に列する古社でした。祭神が武神であったことから武家の信仰が篤く、中世には近江の守護大名・佐々木氏に崇敬され、出陣の際の旗竿は必ずここで求めたそうです。明応6年(1497)には佐々木高頼が本殿を再建しました。
元亀年間(1570-1573)、織田信長が起請文60通を奉納し、文禄3年(1594)には豊臣秀次が社領の寄進と本殿の修復を行っています。江戸時代初期にここに守山宿が設けられ、宿場町とともに隆盛しました。勝部神社は太平洋戦争の前までは物部神社、物部大明神、勝部大明神などと称されていました。
例祭である火祭りは「勝部の火祭り」として有名で滋賀県の3大火祭りの1つに数え上げられています。鎌倉時代初期、土御門天皇の病気の平癒のために、天皇にとりついた大蛇を退治してそれを焼き払ったのが始まりといわれ、滋賀県の選択無形民俗文化財に選択されています。
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