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2016_10
31
(Mon)05:21

豊満神社四脚門

豊満神社四脚門
 滋賀県愛知郡愛荘町豊満に豊満(とよみつ)神社があります。
 豊満神社の四脚門は元亨3年(1323)に再建された門で、明治35年(1902)に国の重要文化財に指定されています。入母屋造り、檜皮(ひわだ)こけら鎧葺き(檜皮とこけら板を交互に葺いた方法)の四脚門です。組物は繊細な造りで、太い柱と対照的です。

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2016_10
30
(Sun)05:59

豊満神社中門・幣殿・本殿

豊満神社中門・幣殿・本殿
 滋賀県愛知郡愛荘町豊満に豊満(とよみつ)神社があります。
 豊満神社の奥には中門、幣殿、本殿が建てられています。本殿は間口3間、奥行3間の三間社流造りで、正徳元年(1711)に再建されています。

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2016_10
29
(Sat)19:21

豊満神社拝殿

豊満神社拝殿
 滋賀県愛知郡愛荘町豊満に豊満(とよみつ)神社があります。
 豊満神社の拝殿は間口7間 奥行4間、 切妻造りです。拝殿の中には天保7年(1836)から昭和10年(1935)までの、たくさんの俳諧額が奉納されています。

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2016_10
28
(Fri)04:47

豊満神社

豊満神社
 滋賀県愛知郡愛荘町豊満に豊満(とよみつ)神社があります。
 豊満神社は近江鉄道愛知川駅の南約2kmのところにあり、「お旗さん」と親しみをこめて呼ばれる神社です。4世紀頃、応神天皇を身に宿した神功皇后が朝鮮半島に出兵した際、日本軍の軍旗を始めて作った神社であるので「旗の宮」とか「幡の宮」と昔からいわれてきているのです。
 豊満神社は足仲彦命(たらしなかつひこのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、譽田別命(ほだわけのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀っていて、古くから大国荘(旧愛智郡)の産土神でした。
 皇室、歴代領主や為政者にも崇敬庇護され、三条天皇からは勅願社として神位を授けられ、藤原俊成や中御門宜胤から神額の奉納、近江守護の佐々木氏、京極氏、六角氏からは安堵状を与えられ、源頼朝は戦勝祈願をしています。
 豊満神社の社殿は織田氏の兵火で四脚門などを除き、大半は焼失し、その後再建されました。天正13年(1585)には羽柴秀次が社領14石を寄進しています。安政元年(1854)四脚門を除き、社殿が焼失し、万延元年(1860)に再び再建されています。
 明治元年(1868年)に豊満大明神から現在の豊満神社に改称し、村社、郷社を経て、昭和5年(1930)に県社になっています。旗竿よりも、最近は豊満という名から女性の容姿向上や美人祈願で有名です。境内には国指定重要文化財の四脚門をはじめ、拝殿、中門・幣殿・本殿、樹下神社などが建ち並んでいます。

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2016_10
27
(Thu)19:38

金剛輪寺三重塔

金剛輪寺三重塔
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 金剛輪寺の三重塔は三間三重の塔婆で、檜皮(ひわだ)葺きです。明徳3年(1392)に建てられましたが、初層と二重の一部だけを残すのみでした。昭和47年(1972)に旧相輪部分14個とともに、国の重要文化財に指定され、昭和53年(1978)に西明寺の三重塔などを参考に、復元されました。

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2016_10
26
(Wed)04:59

金剛輪寺鐘楼

金剛輪寺鐘楼
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 金剛輪寺本堂に向かって右手に鐘楼が建てられています。ここに掛けられている梵鐘に造鋳を示す長文の刻銘があり、鎌倉時代に造られたことが記されています。

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2016_10
25
(Tue)03:24

金剛輪寺本堂

金剛輪寺本堂
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 金剛輪寺の本堂は「大悲閣」と呼ばれています。北条時宗が佐々木頼綱に命じて元軍降伏の祈願をし、霊験に感謝して、弘安11年(1288)に再建された建物です。間口7間、奥行7間、単層、入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きです。須弥壇金具銘に弘安11年(1288)と刻まれ、建立年代が特定されましたが、唐様の建築様式も用いられ、室町時代初期に大修復されたと考えられています。
 密教本堂の通例で内部は内陣と外陣に分けられています。内陣の天井は山型の化粧屋根裏で、外陣は棹縁天井と異なっています。内陣との境は吹寄菱格子の欄間と格子戸です。内陣には大きな須弥壇を置き、その中央には入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きの厨子があり、秘仏の本尊聖観音立像を安置しています。
 妻飾(つまかざり)は豕扠首(いのこさす)を組み、内外に長押(なげし)を廻し、正面は蔀戸(しとみど)を入れるなど全体的には和様建築様式です。内部の組物の一部に、13世紀に伝来した禅宗様式の挙鼻(こぶしばな)が使用されています。本堂は厨子1基が附指定で昭和27年(1952)に国宝に指定されています。

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2016_10
24
(Mon)04:15

金剛輪寺二天門

金剛輪寺二天門
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 金剛輪寺の二天門は惣門から約400mの参道を登り、最後の45段の急な石段をあがったところに建てられています。参道には「千体地蔵」といわれる約2000体もの小さな地蔵が祀られています。室町時代の元亀3年(1572)に建てられた二天門は、左右に増長・持国の二天を安置し、大草鞋が掛けられています。
 二天門は間口3間、奥行2間、単層、入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きの建物です。二天門は室町時代中頃に建てられています。当初は楼門でしたが江戸時代中頃に2階部分を取り壊し、現在の単層にしたそうです。昭和36年(1961)に国の重要文化財に指定されています。

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2016_10
23
(Sun)03:31

茶室水雲閣

茶室水雲閣
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 茶室の水雲閣は明寿院庭園の右手の少し高いところに建てられています。文政3年(1830)の建立で、待合の格天井には、四季の草花36種類が描かれているそうです。この水雲閣は赤報隊の志士が密談した所として有名です。赤報隊は西郷隆盛や岩倉具視の支援を得て、慶応4年(1868)、隊長は相楽総三、公家の滋野井公寿と綾小路俊実を擁し、結成されました。

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2016_10
22
(Sat)04:29

金剛輪寺惣門

金剛輪寺惣門
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 金剛輪寺の惣門は一山の入口にあたり、黒門とも呼ばれています。天保7年(1836)に改築された門です。大工は大津坂本中西長蔵、木挽は犬上郡川相村木下経右衛門です。惣門の左に下馬標、右側に石灯篭があります。

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2016_10
21
(Fri)04:44

明寿院庭園

明寿院庭園
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 明寿院は金剛輪寺の本坊です。最盛期には24もの坊があったそうです。現在は正泉坊を引き継いだ明寿院と西光寺、常照院の3坊のみです。庫裏、書院、護摩堂、茶室・水雲閣が建てられ、国指定名勝の庭園は松尾山の自然を組み込んで造られ、書院を中心に3つの池庭が連続しています。
 南池は桃山時代、主庭の東庭は江戸時代初期、北庭は江戸末期の作といわれています。
 南庭は小さな池ですが、出島には板石3枚を使って巧みに橋を架けています。その奥には立石を主とした滝石組が見られます。
  東庭は、本庭園の中心で、正面奥の高所に段をもつ滝を設け、この滝のやや右よりの池の中に中島を配しています。また趣の異なるもう一つ滝は奥行きを感じさせます。北庭は池泉に舟石、石橋があり、奥には小中島を配しています。どの庭も背景に豊かな樹木が配され、四季折々の景観を現在に伝えています。

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2016_10
20
(Thu)04:25

金剛輪寺赤門

金剛輪寺赤門
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 金剛輪寺の本坊明寿院の西門は別名「赤門」といわれる一間一戸の薬医門です。壁が赤土で塗られているためにこの名がついたようです。切妻造り、桟瓦葺きで、両袖に塗壁の塀をつけています。

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2016_10
19
(Wed)05:14

金剛輪寺

金剛輪寺
 滋賀県愛知郡秦荘町松尾寺に金剛輪寺があります。
 金剛輪寺は百済寺、西明寺とともに湖東三山の一つです。金剛輪寺は聖武天皇の祈願寺として天平13年(741)に行基によって開かれたといわれています。本尊の聖観世音菩薩は行基自ら彫ったといわれ、途中で赤い血が出たことから、「生身の観音さま」と呼ばれているそうです。
 嘉祥年間(848-851)に最澄の弟子である慈覚大師(円仁) によって中興され、天台宗のお寺として平安時代から鎌倉・室町時代にかけて隆盛を極めたそうです。近江源氏佐々木氏の厚い崇敬を受け、多くの坊舎が建ち並んでいたそうです。源義経は義仲追討の武運必勝を祈願して、当寺に太刀を寄進しています。
 応仁の乱後の戦乱で衰微し、信長の焼き討ちに遭いましたが、寺僧の機転で本堂、三重塔、二天門などは被害を免れて現在に至っています。江戸時代には、彦根藩主や天海僧正などの庇護を受け、寛永頃から堂宇の修復が続けられ、寛文4年(1664)には堂宇は本堂を含めて7宇、24坊でした。
 鎌倉時代建立の本堂は国宝に、三重の塔、二天門は国の重要文化財に指定されています。金剛輪寺の本坊である明寿院の庭園は国の名勝に指定されています。彫刻、工芸品、聖教類など、多種多様の文化財が残されていて「文化財の宝庫」 と呼ばれています。

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2016_10
18
(Tue)05:10

三所権現社

三所権現社
 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 三所権現社は本堂と同時期に建立された一間社流造の社殿です。本堂内陣で保存されていた懸仏及びこの社殿に祀られていた鏡板である御正体 (みしょうたい)より信長の焼き討ちの際に本尊を奥の院に避難し、その後仮堂を建 てて復興していった様子が明らかにな りました。三所権現社は東近江市の有形文化財に指定されています。

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2016_10
17
(Mon)03:29

百済寺本堂

百済寺本堂
 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 百済寺の本堂は亮算(りょうさん)が尽力し、2代彦根藩主井伊直孝の援助で慶安3年(1650)に再建されました。間口5間、奥行5間、単層、入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きの建物で、背面に庇があり、正面軒には唐破風が付いています。
 本堂は金剛輪寺や西明寺より一回り小ぶりです。外陣、内陣、後陣に3分割されていて天台形式の均整のとれた建物です。内陣の厨子には2mを超える秘仏本尊、十一面観音立像(平安時代)を安置しています。聖徳太子が根のついた立木に仏像を刻んだといわれています。本堂は平成16年(2004)に国の重要文化財に指定されました。

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2016_10
16
(Sun)04:53

百済寺仁王門

百済寺仁王門
 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 百済寺の仁王門は本堂と同時期の慶安3年(1650)に再建された門です。三間二間で一対の金剛力士像が向きあっています。大きな草履が掛けられていて、これに触れると、身体健康、無病長寿のご利益があるとされています。

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2016_10
15
(Sat)03:53

喜見院書院

喜見院書院
 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 百済寺の喜見院の書院は庭園に面して建てられています。平面は、仏間や書院の間などからなる2列6室の居室で、2方に広縁を取り、四方に濡縁を張っています。書院は国の登録有形文化財に指定されています。

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2016_10
14
(Fri)04:49

百済寺本坊庭園

百済寺本坊庭園
 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 百済寺一山の本坊は喜見院です。本坊の庭園は別名「天下遠望の名園」と称されています。東の山を借景にして、大きな池と変化に富む巨岩を配した豪華な池泉回遊式の庭園です。

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2016_10
13
(Thu)04:14

千年菩提樹

喜見院書院
滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 本堂の左側に千年菩提樹と呼ばれる一本の菩提樹があります。天正元年(1573)の織田信長の焼討ちで幹まで焼損しましたが、周りから新芽が吹き出して、見事によみがえりました。中央部の空洞部(直径80cm)は焼討ち当時の幹の直径に相当しているそうです。

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2016_10
12
(Wed)06:07

下乗石

下乗石
 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 百済寺にある下乗石は駕籠から降りるように促す指標です。小野道風が百済寺に参拝したときの直筆と伝えられています。

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2016_10
11
(Tue)03:49

百済寺赤門

百済寺赤門
 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 百済寺の赤門は百済寺の山門です。参道の入口に建てられています。朱塗りのために赤門と呼ばれています。本堂と同時期の慶安3年(1650)に再建された門です。赤門を入った左側には天文法華の乱のときに出陣した百済寺僧兵の戦死者の供養碑があります。

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2016_10
10
(Mon)04:43

百済寺

百済寺
 滋賀県東近江市百済寺町に百済寺があります。
 釈迦山百済寺は金剛輪寺、西明寺とともに湖東三山の一つです。そして、その中で最も古い天台宗のお寺です。推古天皇の頃、聖徳太子の勅願により、高句麗僧の恵慈(えじ)を導師に百済僧・道欣(どうきん)が創建したといわれています。堂塔は百済の龍雲寺を模して建てられたと伝えられています。
 百済寺は平安時代に入ると、天台宗に改宗、無動寺の末寺として最盛期を迎えました。その伽藍は壮大で「湖東の小叡山」といわれ、堂塔3百余坊を容し「天台別院」とも称されたそうです。しかし文永11年(1274)の火災、明応7年(1498)の失火で堂宇のすべてを焼失しました。
 文亀3年(1503)近江守護六角氏と被官伊庭貞隆の争いに巻き込まれ、天正元年(1573)には織田信長の焼き討ちで全山が灰燼に帰し寺宝も失いました。江戸時代、天海僧正の高弟亮算が尽力し、2代彦根藩主井伊直孝の援助で慶安3年(1650)に本堂、仁王門、山門などが再建されました。
 百済寺の様子は、ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスの書簡に「多数の相互に独立した僧院、座敷と庭を備えた坊舎が立ち並び、まさに地上の天国」と記されています。百済寺本堂は国の重要文化財に指定され、境内は国指定史跡です。「日本紅葉百選」「近畿五大紅葉名所」にも選ばれています。

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2016_10
09
(Sun)04:55

押立神社宝物館

押立神社宝物館
 滋賀県東近江市北菩提寺町に押立(おしたて)神社があります。
 押立神社宝物館は昭和44年(1969)に開館しました。国指定重要文化財の大門、本殿の「棟札」や「鰐口」、「十一面観音」、「聖観音」、古式祭「ドケ祭」で使われる装束や、祭りの写真パネルなどが公開されています。宝物館前の石標は時の総理佐藤栄作氏が揮毫しています。

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2016_10
08
(Sat)02:22

押立神社本殿

押立神社本殿
 滋賀県東近江市北菩提寺町に押立(おしたて)神社があります。
 押立神社の本殿は間口3間、奥行2間の身舎に前室を備え、1間の向拝を付けた三間社流造り、檜皮(ひわだ)葺きの建物です。本殿は拝殿よりも高く建てられているのが一般的ですが、この本殿は拝殿と同じ高さで、珍しい形です。本殿は応安6年(1399)に建てられており、明治35年(1902)に国の重要文化財に指定されています。
 本殿は奥1間通の床を1段高く組み、間柱を建て、内々陣ができる構造です。外陣は中央間を吹寄せ格子の蔀戸(しとみど)にし、側面には竹の節欄間を飾るなど開放的です。組物は身舎、前室ともに出三斗組で、身舎側面中央の三斗組には拳鼻を飾っています。正面の蟇股の彫刻は三弁宝珠を中心に、左右に若葉を刻んでいます。

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2016_10
07
(Fri)04:01

押立神社大門

押立神社大門
 滋賀県東近江市北菩提寺町に押立(おしたて)神社があります。
 押立神社の大門は間口4.60m、奥行3.08mの四脚門で、入母屋造り、檜皮葺きの建物です。大門は延文2年(1357)に建てられたと考えられています。組物は出三斗(でみつど)の詰組で天井は組入天井です。かなり改造もされていますが、室町時代前期の貴重な門で、明治44年(1911)に国の重要文化財に指定されています。

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2016_10
06
(Thu)05:57

押立神社

押立神社
 滋賀県東近江市北菩提寺町に押立(おしたて)神社があります。
 押立神社は湖東三山に近い旧湖東町の北菩提寺にあります。火産霊神(ほむすびのかみ)と、伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀っています。当初から火産霊神は押立山三瀬嶽に祀られていました。押立神社の創建は伊邪那美神が神護景雲元年(767)に加賀国白山の白山比咩神社の分霊を勧請した時と、社伝は伝えています。
 当初は押立山山頂付近に鎮座していましたが天元元年(971)に神のお告げにより、現在地に遷座したそうです。旧東押立・西押立郷の総氏神として「大宮さん」と呼ばれ親しまれ、庶民の崇敬を集めてきました。永禄5年(1562)には当時の領主・佐々木氏、万治2年(1695)には彦根藩主・井伊家からそれぞれ社領を寄進されています。
 明治元年(1868)に押立大明神と称していたのを押立神社と改称しました。約3万6千平方mも広大な境内には南北朝時代に建立された大門と本殿が建てられていて、どちらも国の重要文化財に指定されています。60年に一度、鬼の面をかぶり太鼓を持った踊り手が囃しに合わせて踊り狂う「ドケ祭」という奇祭が催されます。

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2016_10
05
(Wed)01:44

浄栄寺

浄栄寺
 滋賀県東近江市五個荘金堂町に浄栄寺があります。
 浄栄寺は浄土宗のお寺です。聖徳太子が不動坊という僧とここを訪れ、大きな金堂を建てたので、この辺の地名が金堂となったといわれています。不動坊は不動明王の化身で不動院を建立したそうです。宝治元年(1247)浄栄法師がこの寺院を再興し、清光山不動院浄栄寺としたそうです。

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2016_10
04
(Tue)04:31

近江商人博物館

近江商人博物館
 滋賀県東近江市五個荘竜田町に近江商人博物館があります。
 近江商人の軌跡を探究できる博物館です。映像やジオラマを通して、地域の歴史、湖東地域が生み出した近江商人の商法や家訓、その暮らしや文化、教育などさまざまな角度から、展示紹介しています。
 江戸時代、この湖東の地から、天秤棒を肩に、革新的な商法と不屈の精神、全国津々浦々に行商し、立身出世を夢見た近江商人たちがわかる場所です。

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2016_10
03
(Mon)05:13

勝徳寺

勝徳寺
 滋賀県東近江市五個荘金堂町に勝徳寺があります。
 勝徳寺は永正12年(1515)開基の真宗大谷派のお寺です。表門は大和郡山藩陣屋から移築されています。門扉の釘かくしには柳沢家の家紋、四つ花菱が使われています。
 屋敷内には「川戸」(かわと)とよばれる水路があります。屋根があり洗い場にもなっています。防火用水も兼ね、観賞用の魚も飼えます。 

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2016_10
02
(Sun)03:56

金堂陣屋跡

金堂陣屋跡
 滋賀県東近江市五個荘金堂町に金堂陣屋跡があります。
 貞享2年(1683)に本多忠平が大和郡山藩主として入封した時、近江国内で4万石の所領が与えられました。この内、蒲生・神埼・坂田三郡の所領を管理するため、金堂に陣屋が置かれました。
 陣屋には、代官、手代、書役などが常駐し、郡山藩主が交代で在番し、司法・行政を司っていました。「神崎郡志稿」に収録されている陣屋の古図では、長屋門と塀に囲まれて、役所・役宅と土蔵・牢屋・稲荷社があったことが判ります。

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