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向日神社 

向日神社
 京都府向日市向日町北山に向日神社があります。
 向日神社は阪急西向日駅から北西に500mほどの所にあります。山城国乙訓郡向神社(むこうじんじゃ)として、延長5年(927)の延喜式神名帳に記載された式内社です。昔は向日山に鎮座し、上ノ社と呼ばれていました。
 同じ向日山に鎮座し、下ノ社と呼ばれていた火雷神社(ほのいかづちじんじゃ)を建治元年(1275年)に上ノ社が併祭し、向日神社として今日に至っています。火雷神社も乙訓坐火雷神社として延喜式神名帳に名神大社として記載された古社でした。
 現在の本殿は室町時代の流造り様式の代表的な建築物として有名で、明治神宮の本殿のモデルとされ、国の重要文化財に指定されています。 幣拝殿及び本殿覆屋、南門・北門及び瑞垣、客殿、手水舎、多くの末社の本拝殿が国の登録有形文化財に指定されています。

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http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/


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愛宕神社のイヌマキ 

愛宕神社のイヌマキ
 京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。
 愛宕神社のイヌマキは樹高19m、胸高幹周2.73mで、亀岡の名木に指定されています。イマヌキはマキ科の常緑高木で、生垣などにも利用されています。水湿に強いので、屋根板、桶、棺、下駄などに用いられています。

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愛宕神社のモミ 

愛宕神社のモミ
 京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。
 愛宕神社のモミは樹高32m、胸高幹周3.6mあり、亀岡の名木に指定されています。モミはマツ科で、常緑高木です。淡黄白色で美しいので、彫刻、建築、家具、造船、太鼓の胴、桶などにも使われています。

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愛宕神社の大スギ 

愛宕神社の大スギ
 京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。
 愛宕神社の大スギは神木とされ、亀岡の名木に指定されています。樹高29m、胸高幹周5.07mで6~7mのところで幹が3つに分かれています。スギは日本の樹木の中ではクスノキについで大木になるそうです。この愛宕神社の大スギも千年杉とよばれ、神社の神木として大切に守られています。ここにはムササビが生息し、境内の森は亀岡の自然100選に選ばれています。

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愛宕神社本殿 

愛宕神社本殿
 京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。
 愛宕神社の本殿は一間社流造り、檜皮(ひわだ)葺きで、覆屋の中に鎮座しています。鎌倉時代後期に建てられたもので、比較的大規模な一間社です。近在の流造りに比べて、木割が太く、力強く、手法は簡潔で、古風をとどめています。昭和52年(1977)に国の重要文化財に指定されています。

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愛宕神社 

愛宕神社
 京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。
 愛宕神社は亀岡駅の北3kmほどのところに建てられています。火の神・火産霊命(ほむすびのみこと)を祀り、火防(ひぶ)せの神として信仰されています。 創建は明らかではありませんが、古くから東に面する白雲山を神籬として奉斎されていたようです。継体(けいたい)天皇(507-531)の時代に社殿が造営されたと伝えられています。
 日本三代実録によると、貞観6年(864)に従五位下、貞観14年(872)に従五位上、元慶3年(879)に従四位下に列したことが記載され、延長5年(927)の延喜式神名帳には丹波国桑田郡「阿多古神社」と記載されています。これが愛宕神社を指していると思われます。
 近くにあった丹波国分寺が衰退、僧侶が愛宕神社に属したことで、神仏習合が進み「愛宕(おたぎ)権現」と称されたそうです。社伝では、この愛宕神社の分霊が愛宕山の愛宕神社に勧請されたとしています。そのため「元愛宕」「愛宕の本宮」とも称されています。
 明治時代初頭に発令された神仏分離令により神仏習合の愛宕神社の仏式が排されました。愛宕権現像は西にある養仙寺に移されています。鎌倉時代に建てられた本殿は国の重要文化財に指定されています。

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遠山家住宅主屋 

遠山家住宅主屋
京都府亀岡市河原林町河原尻東垣内に遠山家住宅があります。
 遠山家住宅の主屋は間口16.6m、奥行13m、入母屋造り、妻入、茅葺きの上に亜鉛引鉄板をかぶせています。四面に庇があり、その屋根は桟瓦葺きです。西面には間口5m、奥行6.8m、入母屋造り、桟瓦葺き、三面に庇がある角屋敷が出ています。
 普請帳によると、寛政元年から翌年にかけて(1789-90)建てられています。妻入り縦割り型住宅の発展した形の大規模で質の良い住宅です。丹波や摂津地方に多く分布していた形式です。昭和50年(1975)に国の重要文化財に指定されています。

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遠山家住宅 

遠山家住宅
京都府亀岡市河原林町河原尻東垣内に遠山家住宅があります。
遠山家は美濃国の出身で、南北朝時代にここに移り住み、江戸後期には旗本領の大庄屋や代官を勤めたという家柄です。主屋は国の重要文化財に指定されています。

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出雲大神宮本殿 

出雲大神宮本殿
 京都府亀岡市千歳町千歳出雲に出雲大神宮があります。
 出雲大神宮の本殿は三間社流造り、檜皮(ひわだ)葺きで前室を付けています。貞和元年(1345)に足利尊氏によって再建されたもので、明治39年(1906)に国の重要文化財に指定されています。手法は雄大で、装飾なども蟇股や手挟程度にとどめ、太い木割を用いた豪壮な造りになっています。

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出雲大神宮 

出雲大神宮
 京都府亀岡市千歳町千歳出雲に出雲大神宮があります。
 出雲大神宮は創建が和銅2年(709)という延喜式内名神大社で、丹波国一の宮という高い社格をもった古社です。千年山(御蔭山)の山麓に鎮座し、千年山を御神体として拝していたので千年宮とも呼ばれていたそうです。
 祭神の三穂津姫命 (みほつひめのみこと) は高産霊尊の子で、大国主の国譲りの際に大国主の后となった神ですので、縁結びの神として知られています。主祭神の大国主命は出雲国の出雲大社(杵築大社)から勧請といわれていますが、社伝では逆に、出雲大社の方が勧請を受けたことになっているそうです。
 承和12年(845)に従五位下、貞観14年(872)に従四位上、元慶4年(880)に正四位下、延喜10年(910)に正四位上に列し、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳には名神大社となっています。貞和元年(1345)に足利尊氏が本殿など社殿を造営し、この本殿は国の重要文化財に指定されています。
 明治時代初頭に発令された神仏分離令により神仏習合の出雲大神宮の仏式が排されました。神宮寺は廃寺となり本地仏であった木造十一面観音立像(国指定重要文化財)は極楽寺へ移されました。出雲大神宮本殿は明治4年(1871)に近代社格制度で国幣中社になっています。

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梅田神社ムロノキ 

梅田神社ムロノキ
 京都府亀岡市旭町宮ノ元に梅田神社があります。
 梅田神社境内には古木が多く、ムロ・ケヤキ・ツバキの3本が「亀岡の名木」に指定されています。ムロノキは樹高12m、胸高幹周2.2mあります。生長が遅い木で、まれに大木となりますが、これだけの大木は極めてめずらしいそうです。ムロノキは「ネズ・ネズミサシ」とも呼ばれるヒノキ科ビャクシン属の常緑針葉樹です。葉の先端が鋭くとがっていて、この葉のついた小枝を、ネズミの通り道におくと、葉がネズミを刺し、ネズミがいなくなることから「ネズミサシ」と名づけられたそうです。

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梅田神社本殿 

梅田神社本殿
 京都府亀岡市旭町宮ノ元に梅田神社があります。
 梅田神社の本殿は一間社流造り、檜皮(ひわだ)葺きです。棟札から建武5年(1338)に北条高時の命で建立された建物と思われます。細部の様式に南北朝時代の特色が出ています。昭和16年(1941)に国の重要文化財に指定されています。

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梅田神社 

梅田神社
 京都府亀岡市旭町宮ノ元に梅田神社があります。
 梅田神社は亀岡市の北の端の方にあります。創建ははっきりしませんが、和銅2年(709)に天児屋根命(あめのこやねのみこと)を勧請したのが始まりと伝えられています。建武5年(1338)、執権北条高時が家臣に命じて社殿を造営し、長禄3年(1459)に復興、修理されました。
 天正年間(1573-92)には明智光秀による丹波侵攻で、現在ある社殿以外の建物は焼失したそうです。本殿は国の重要文化財に指定され、境内は「梅田神社」として亀岡の自然100選に選ばれています。本殿横の2つの石塔はイボとりの神様として知られています。

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宝林寺九重塔 

宝林寺九重塔
 京都府亀岡市宮前町神前(こうざき)狭間に宝林寺があります。
 宝林寺にある九重石塔は花崗岩で、高さは4.06mあります。一番下の合石に四仏像が刻まれています。基礎の三面には「正応五壬辰三月十六日」の刻銘があり、鎌倉時代の正応5年(1292年)に建てられたと推測されます。「寶林寺九重塔」として大正13年(1924)に国の重要文化財に指定されています。

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宝林寺 

宝林寺
 京都府亀岡市宮前町神前(こうざき)狭間に宝林寺があります。
 宝林寺は臨済宗大徳寺派のお寺で、江戸時代初期の寛文年間(1661-1672)に、大徳寺204世の春嶺紹温(しゅんれいじょうおん)和尚により開かれました。宝林寺は近くにある佐々尾神社とともに亀岡の自然100選に選ばれています。
 収蔵庫に安置されている木造釈迦如来坐像(140cm)、木造薬師如来坐像(121cm)、木造阿弥陀如来坐像(130cm)の3体は藤原時代のすぐれた仏像です。収蔵庫の横にある鎌倉時代の九重石塔とともに国の重要文化財に指定されています。
 これらの仏像3体と九重石塔は、同じ神前にあった古刹の寶釈寺(天台宗)のものでした。天正年間(1573-92)に明智光秀の丹波攻めの際に寶釈寺が焼失してしまい、宝林寺に移されたそうです。

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延福寺十三重塔 

延福寺十三重塔
 京都府亀岡市本梅町西加舎的場に延福寺があります。
 延福寺の石造十三重塔は高さ約2.7mの花崗岩の石塔です。相輪の上半分を失っていますが、趣があります。屋根は逓減が少なく、軒反りは穏やかで、力強さは無いものの優美な感じをだしています。「願主西願 延文三戊戌十月廿五日」の刻銘があり、室町時代初期の延文3年(1358)に建てられたことがわかります。延福寺十三重塔として昭和32年(1957)に国の重要文化財に指定されています。

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延福寺 

延福寺
 京都府亀岡市本梅町西加舎的場に延福寺があります。
 延福寺は高野山真言宗のお寺です。久寿元年(1154)に文覚(もんがく)上人によって創建されたといわれる古刹です。鎌倉時代の正和元年(1312)に祐弁和尚によって荒廃していた寺が再興され、堂塔伽藍が整いました。
 鎌倉時代には花園天皇の勅願寺として、また加舎(かや)の薬師と呼ばれ近隣の信仰を集めました。貞享4年(1687)に火災で焼失していた本堂が再建され、薬師三尊、毘沙門天、花園天皇、阿弥陀如来の像が祀られました。本堂と大師堂はその後倒壊し、現在の堂は江戸時代の再建です。
 本堂から少し離れた二天門の上の急な石段を上ると鐘楼堂と、石塔があります。西加舎(かや)と呼ばれる山腹で、昔はここに多くの堂塔が建っていたそうです。石塔は南北朝時代の十三重塔で国の重要文化財に指定されています。

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頼三樹三郎墓 

頼三樹三郎墓
 京都府亀岡市宮前町宮川神尾山に金輪寺(きんりんじ)があります。
 幕末時の金輪寺の住職は勤皇僧だったそうです。勤皇の志士が金輪寺に集まり密議をしたといわれています。安政の大獄で処刑された頼山陽の三男・頼三樹三郎の墓が本堂近くにあります。隣には同じ勤皇志士であった桜井新三頼直の墓もあります。

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金輪寺九重石塔 

金輪寺九重石塔
 京都府亀岡市宮前町宮川神尾山に金輪寺(きんりんじ)があります。
 金輪寺の九重石塔は正応5年(1292)に造られたと思われます。高さ2.4m、花崗岩でできています。初層軸部の四方には、顕教四仏が彫られ、側面に「正応五年 歳次壬申 二月八日」と刻まれています。亀岡市の有形文化財に指定されています。

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金輪寺五重石塔 

金輪寺五重石塔
 京都府亀岡市宮前町宮川神尾山に金輪寺(きんりんじ)があります。
 金輪寺の五重石塔は、鎌倉時代の延応2年(1240)に造られたと思われます。高さ3.7m、花崗岩でできていて、初層軸部に舟形光背、蓮華座上に四方仏を半肉彫りにしています。金輪寺五重塔として昭和32年(1957)に国の重要文化財に指定されています。

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金輪寺 

金輪寺
 京都府亀岡市宮前町宮川神尾山に金輪寺(きんりんじ)があります。
 神尾山(かみおさん)金輪寺は天台宗系の修験道の一派である本山修験宗のお寺です。寺伝によると、延暦2年(783)西願上人により天台宗の寺として創建されました。その後、荒廃し、寛治年間(1087-93)に高山寺の明恵上人により再興されています。
 寺運は繁栄し、南谷、北谷に一切経蔵ほか多くの坊舎が建ち並んでいたそうです。境内の裏に、大永6年(1526)に細川尹賢によって神尾山城が築かれ、丹波攻めの拠点になりました。そのため天正5年(1577)、兵火により堂宇の大半は焼失しました。
 金輪寺の本堂前には国の重要文化財に指定されている鎌倉期の五重石塔をはじめ、九重石塔、正安3年(1301)銘の金剛力士像、鎌倉期の仏涅槃図、永徳2年(1382)銘の鰐口、天文3年(1534)銘の梵鐘など、豊富な文化財を所蔵しています。本尊の薬師如来像は江戸時代作の秘仏で、30年に一度開帳されます。

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普済寺仏殿 

普済寺仏殿
 京都府南丹市園部町若森庄気谷に普済寺があります。
 普済寺仏殿は間口3間、奥行3間、単層、入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きの建物で、背面には板葺きの突出部があります。 室町時代前期 の延文2年(1357)に建てられており、大正4年(1915)に国の重要文化財に指定されています。荘美な建築様式は府内でも屈指のものといわれています。
 普済寺の仏殿は常照皇寺の開山堂、一休寺の本堂とともに京都3大美殿と呼ばれる禅宗様建築です。鎌倉時代に宋から禅宗とともに伝来した建築様式です。屋根の軒先が曲線を描き隅で大きく反り上がっていたり、貫で柱をつなぎ耐震性を良くしたり、石積みの基壇上に建ち、花頭窓があったり、禅宗様の特徴が伺えます。

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普済寺 

普済寺
 京都府南丹市園部町若森庄気谷に普済寺があります。
 大慈山普済寺は曹洞宗のお寺で、小高い丘の上の緑に包まれた閑寂な地にあります。寺伝によると、光孝天皇の第7皇子貞省親王(後の宇多天皇)が建立した太平山桂松院が前身で、衰退した後、延文2年(1357)、足利尊氏が無窓疎石を開山とし、妹の千種姫(仏性院)を入寺させ再興したと伝えられています。
 戦国時代、兵火にかかり衰退しましたが、寛永年間に亀山城主菅沼織部正定芳によって復興され、天外梵舜(てんがいぼんしゅん)を中興開山にして、山号も大慈山と改めました。
 普済寺には本殿、庫裏、禅堂、楼門、道をはさんで仏殿(観音堂)があります。仏殿は延文2年(1357)の建立で国の重要文化財に指定されています。楼門を出たところには千種姫の墓と伝えられる石塔も残されています。

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大山祇神社本殿 

大山祇神社本殿
 京都府南丹市園部町大河内溝の上に大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)があります。
 大山祇神社の本殿は一間社流造りで、こけら葺き、箱棟をのせて鬼板ををすえています。応永26年(1419)に建てられましたが、保存が非常によく、昭和33年(1958)に国の重要文化財に指定されています。この本殿を造るとき用いた型板が12枚保存されており、本殿とともに附指定されています。

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大山祇神社 

大山祇神社
 京都府南丹市園部町大河内溝の上に大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)があります。
 大山祇神社の創建は天暦三年(949)に藤原純索(すみもと)が神明谷に熊野三所権現を祀ったのが最初で、後に楠正季(まさすえ)が文中3年(1374)に現在の地に遷座したと伝えられています。本殿は応永26年(1419)に下村義親、田井義高らの力で再建されたといわれています。
 大山祇神社は宰玉山神明社、祭神ノ神、開明山大社、開明山田大社などと社名を変え、祇園さんとも呼ばれたそうです。明治3年(1870)までは開明山田大社という社名だったそうです。大山祇神社ですが 祭神は大山祇神ではなく、熊野夫須美大神・家都御子大神・御子速玉大神を祀っています。

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赤レンガ博物館 

赤レンガ博物館
 京都府舞鶴市浜に赤レンガ博物館があります。
 赤れんが博物館建物は明治36年(1903)に旧舞鶴海軍兵器廠魚形水雷庫として建設されたものだそうです。
 現存する本格的な鉄骨レンガ造りの建物としては我が国最古級のものだそうです。赤レンガ倉庫の一角を利用してジャズコンサートなども開かれてきているそうです。

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舞鶴引揚記念館 

舞鶴引揚記念館
京都府舞鶴市平に舞鶴引揚記念館があります。
 戦後の昭和20年(1945)から昭和33年(1958)まで13年にわたって海外からの引き揚げ者を迎え入れた舞鶴です。
 約66万人もの引き揚げ者の歴史と平和の尊さを語り継ぐ施設として引揚記念館は創設されました。
 戦争の悲惨さと平和の尊さを後世に伝えるため、中国や旧ソ連からの引き揚がの歩みや激動の歴史を映像や写真で紹介しています。
 辛く悲しい集団収容の様子も模型を使い再現しています。あわせてシベリアでの抑留生活の貴重な物品資料なども展示されています。

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舞鶴市政記念館 

舞鶴市政記念館
 京都府舞鶴市北吸に舞鶴市政記念館があります。
 舞鶴市政記念館は、赤煉瓦倉庫の転活用第2号として、平成6年(1994)10月に芸術・文化交流の場として新しく生まれ変わりました。
 建物は、旧海軍の雑品庫並損兵器庫として明治35年(1902)に建設された煉瓦造2階建の倉庫です。赤レンガ博物館が大規模改修工事中、展示品の一部はこの舞鶴市市政記念館に展示されました。
 ホールは、絵画などの展示や音楽、演劇の発表などの場として利用できるように吹き抜けの煉瓦空間を整備しました。約200人収容のコンサートなどが開けます。舞鶴市の歩みやベルリン五輪棒高跳びに出場し友情のメダルで有名になった大江季雄選手なども紹介しています。

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行永家木屋 

行永家木屋
 京都府舞鶴市小倉に行永家(ゆきながけ)住宅があります。
 行永家の木屋(離れ)は明治期の建築です。間口15.8m、奥行5.9m、2階建て、入母屋造りで、四面に庇があり、桟瓦葺きです。主屋の附指定で、国の重要文化財に指定されています。

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行永家米蔵 

行永家米蔵
 京都府舞鶴市小倉に行永家(ゆきながけ)住宅があります。
 行永家の米蔵は明治期の建築で土蔵造りです。間口5.7m、奥行3.8m、2階建て、切妻造り、東面と南面に庇があり、桟瓦葺きです。主屋の附指定で、国の重要文化財に指定されています。

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