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萬福寺三門

萬福寺三門
 京都府宇治市五ヶ庄三番割に萬福寺があります。
 萬福寺の三門は延宝6年(1678)に建てられた三間三戸の二重門です。入母屋造り、本瓦葺きで、左右に裳階(もこし)と、階段を覆う切妻造りの山廊を付随しています。三門とは涅槃(ねはん)に達するために通らなければならない空門(くうもん)、無相門(むそうもん)、無作門(むさもん)の境地を表す3門を意味しています。三解脱(さんげだつ)門の略です。 
 大屋根の中央に中国風の火焔付き宝珠を載せています。柱は円柱を使い、太鼓形の石の盤の上に立っています。屋根の下の正面には「黄檗山」、下の正面通路の上には「萬福寺」という隠元禅師の揮毫の額が掲げられています。萬福寺の三門は大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。

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萬福寺放生池

萬福寺放生池
 京都府宇治市五ヶ庄三番割に萬福寺があります。
 萬福寺の放生池は総門を入った右側に広がっています。放生とは、捕まえた生き物を放すことで功徳を積むことです。旧暦の8月15日、秋の彼岸などにこの池で放生会が行われます。風水から池の形は半月型で、大きな蓮が一面に咲きます。

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萬福寺総門

萬福寺総門
 京都府宇治市五ヶ庄三番割に萬福寺があります。
 萬福寺の総門は寛文元年(1661)に建てられ、元禄6年(1693)に再建されています。間口3間、奥行2間、単層、切妻造り、本瓦葺きで、高さは6.7mです。中央部の屋根を高くし、左右を一段低くした中国門、牌楼式(ぱいろう)で、「漢門」とも呼ばれます。
 総門の正面には、5代住持・高泉和尚の筆になる「第一義」の横額が掲げられています。屋根の上の左右には鯱ではなく、摩伽羅(まから)という架空の生物を載せています。正面左右には「聯(れん)」と呼ばれる細長い木板が掲げられています。総門は大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。

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萬福寺

萬福寺
 京都府宇治市五ヶ庄三番割に萬福寺があります。
 黄檗山萬福寺はJR黄檗駅の東にあります。日本三禅宗の一つ黄檗宗の大本山で、開山はいんげん豆でよく知られる中国、明の高僧・隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師です。黄檗宗は日本の仏教各派の中では最も遅く開宗した会派です。
 隠元禅師は中国の高僧で、承応3年(1654)招聘され、30名の弟子とともに63歳で来日しました。後水尾法皇や徳川家綱の尊崇を得て、寛文元年(1661)幕府から9万坪もの広大な寺地を与えられ、中国の明朝様式を取り入れた伽藍を造営しました。
 中国風の仏像、天王殿に座す太鼓腹の布袋さん、斎堂前の開版、卍くずしの勾欄など、至るところに異国っぽさが感じられます。創建以来、一度の火災にも遭わなかったため、伽藍の配置は、その後の変遷にも変わることなく、創建当初の姿をそのまま伝える日本唯一の遺構です。
 伽藍は西を正面とし、左右相称に整然と配置されています。総門をくぐると右手に放生池、その先に三門があり、三門の正面には天王殿、その奥に大雄宝殿、さらに奥に法堂が西から東へ一直線に並んでいます。そして諸堂の間は回廊で結ばれています。
 天王殿と大雄宝殿の間をロの字状に結ぶ回廊に沿って右側(南側)には鐘楼、伽藍堂、斎堂があり、左側(北側)には対称的な位置に鼓楼、祖師堂、禅堂が建てられています。主要な建物23棟、回廊、額などが国の重要文化財に指定されています。

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錦景苑

錦景苑
  京都府長岡京市天神に長岡天満宮があります。
 境内にある紅葉庭園の錦景苑には紅葉がたくさん植えられています。また園内の石碑には菅原道真が詠んだ歌が刻まれています。
 桜花 ぬしを忘れぬ ものならば
     吹きこむ風に ことづてはせよ
 桜の花よ、主人を忘れないならば、配所まで吹いて来る風に言伝をしてくれよ。

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菅原道真と牛

菅原道真と牛
  京都府長岡京市天神に長岡天満宮があります。
 境内に牛の石像が置かれています。菅原道真が大宰府へ左遷される時、刺客に襲われました。道真が飼っていた牛が突進して守ったそうです。道真が大宰府で亡くなった時、遺骸を乗せて車を牛が曳きました。途中で突然ひれ伏して動かなくなり、そこを墓所としたそうです。そこは今は大宰府天満宮になっています。

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長岡天満宮八条ケ池

長岡天満宮八条ケ池
京都府長岡京市天神に長岡天満宮があります。
 長岡天満宮の八条ケ池は境内の東に広がっています。外周は約1km、貯水量 は約35000トンあるそうです。 寛永15年(1638)に所領していた桂宮家(八条宮家)が灌漑用のため池として造りました。豊かな池を二分する中堤は参道として使われ、中堤に架かる石の太鼓橋は加賀前田家の寄進といわれています。

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長岡天満宮本殿

長岡天満宮本殿
  京都府長岡京市天神に長岡天満宮があります。
 長岡天満宮の本殿は祝詞舎、透塀とともに昭和16年(1941)に京都の平安神宮の社殿を拝領し移築したものです。設計は東大教授の伊藤忠太氏で、三間社流れ造り、素木の建物で明治28年の建築です。本殿は京都府指定文化財で、祝詞舎は市指定文化財です。

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長岡天満宮拝殿

長岡天満宮拝殿
  京都府長岡京市天神に長岡天満宮があります。
 長岡天満宮の拝殿はは平成10年(1998)に既存の素木の拝殿を朱塗りにし増改築したものです。

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長岡天満宮

長岡天満宮
  京都府長岡京市天神に長岡天満宮があります。
 長岡天満宮は阪急電鉄の長岡天神駅から西に600mほどの所に建てられています。ここは唐から帰朝した空海(弘法大師)が乙訓寺の別当だった時、寺に付属する長岡精舎を建てた所といわれています。また菅原家の所領だったともいわれています。
 菅原道真が大宰府へ左遷される時、長岡に立ち寄り、「我が魂長くこの地にとどまるべし」と名残りを惜しまれました。高槻まで同船し付き従った菅原氏の親族・中小路宗則に道真自身が刻んだ木像と念持仏を託しました。道真死後、祠を建てて安置したの長岡天満宮の始まりだといわれています。
 江戸時代は桂宮家(八条宮家)の所領で、延宝4年(1676)、宮が社殿を改築整備しました。寛永15年(1638)には灌漑用のため池・八条ヶ池が造られました。10万坪もの社地がありましたが、明治維新で上地し、現在は2万坪ほどになりました。竹林や梅林、つつじ、あじさい、桜、ハス、アヤメ・カキツバタ群落もあり四季折々の散策を楽しめます。
 太宰府では京の梅の木を歌に詠んだ道真ですが、樹齢百数十年の「キリシマツツジ」が多数植えられており、その見事さは日本一といわれています。「キリシマツツジ」は長岡京市の天然記念物に指定されています。

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乙訓寺の牡丹

乙訓寺の牡丹
 京都府京都府長岡京市今里に乙訓寺(おとくにでら)があります。
 乙訓寺の牡丹(ボタン)は本山である長谷寺から牡丹2株を寄進されたのが始まりといわれています。歴代住職らの尽力で株数も年々増加し、今では4月下旬から5月上旬にかけ約2千株の花が咲きそろいます。

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乙訓寺のモチノキ

乙訓寺のモチノキ
 京都府京都府長岡京市今里に乙訓寺(おとくにでら)があります。
 乙訓寺のモチノキはクロガネモチという種類の常緑高木です。高さ9m、幹周は2.93m、根本周囲は3.55mです。推定樹齢は400年から500年と推定され、長岡京市の天然記念物に指定されています。

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乙訓寺本堂

乙訓寺本堂
 京都府京都府長岡京市今里に乙訓寺(おとくにでら)があります。
 乙訓寺の本堂は間口3間、奥行5間、単層、宝形造り、本瓦葺きの建物で、前拝1間、後門1間があります。元禄8年(1695)に竣工され、翌年に完成しています。当初は大師堂と呼ばれ、宮殿には本尊の合体大師像が安置されています。昭和63年(1988)に附指定の宮殿とともに長岡京市の有形文化財に指定されています。

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乙訓寺鐘楼

乙訓寺鐘楼
 京都府京都府長岡京市今里に乙訓寺(おとくにでら)があります。
 乙訓寺の鐘楼は方一間、入母屋造り、本瓦葺きの建物で、牧野成貞の寄進により、江戸時代中期頃建てられています。元禄9年(1696)に鋳造された梵鐘は太平洋戦争で共出され、現在のものは昭和41年に造られたものです。昭和63年(1988)に長岡京市の有形文化財に指定されています。

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乙訓寺裏門(東門)

乙訓寺裏門(東門)
 京都府京都府長岡京市今里に乙訓寺(おとくにでら)があります。
 乙訓寺の裏門は元禄8年(1695)に建てられた一間一戸の高麗門です。切妻造り、本瓦葺きで、両側に練塀が付いています。昭和63年(1988)に長岡京市の有形文化財に指定されています。

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乙訓寺

乙訓寺
 京都府京都府長岡京市今里に乙訓寺(おとくにでら)があります。
 乙訓寺は真言宗豊山派長谷寺の末寺で、牡丹の寺として知られています。推古天皇の勅願で聖徳太子が開いたといわれ、長岡京造営以前に創建されました。延暦3年(784)桓武天皇が長岡京を造営した時には都の地鎮として大増築されたようです。
 延暦4年(785)建都の長官・藤原種継が暗殺されました。犯人と交流のあった早良親王は連座し、淡路島に流される前に乙訓寺に幽閉されました。親王は桓武天皇の実弟で皇太子でした。身の潔白を示すため断食され、配流途中、高瀬橋で絶命しました。
 弘仁2年(811)には、唐から帰朝した空海(弘法大師)が乙訓寺の別当となり、高雄山寺(神護寺)から移り、1年ほど住しました。最澄(伝教大師)がここに空海を訪ね、密教の典籍や絵図を見て歓談したという記録が残っているそうです。
 宇多天皇は寛平9年(897)に譲位し、乙訓寺を行宮とされ、堂塔を整備され法皇寺としたそうです。長岡京が廃都となっても大きな伽藍は維持され室町時代でも12の僧坊があったようです。足利義満によって禅宗にされ、織田信長の兵火で衰微します。
 江戸時代、将軍徳川綱吉の援助で長谷寺で修学した隆光が中興します。綱吉の母の桂昌院の帰依により寺領100石を寄進されました。真言宗に戻され、堂宇の再建、乙訓寺法度も制定され、徳川家の祈祷寺となりました。
 平安時代後期の木造毘沙門天立像は国の重要文化財に指定され、本堂、八幡社、鐘楼、表門(南門)、裏門(東門)、十一面観世音菩薩立像は長岡京市指定文化財です。乙訓寺遺跡からは瓦、瓦を焼いた窯跡、僧坊跡などが出土しています。

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沼田丸井戸跡

沼田丸井戸跡
  京都府長岡京市勝龍寺に勝竜寺城公園があります。
 公園内にある沼田丸井戸は元亀2年(1571)、細川藤孝(幽斉)が勝竜寺城主となり、改修しました際に造られたものです。井戸は直径0.9m、深さ2mで底に太い丸太を井桁に組み、その上に石が積み上げられていました。

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勝竜寺城公園

勝竜寺城公園
  京都府長岡京市勝龍寺に勝竜寺城公園があります。
 勝竜寺城公園は平成4年(1992)、勝竜寺本丸と沼田丸趾が整備された公園です。平成19年(2007)に日本の歴史公園100選に選ばれ、国土交通省の「蘇る水百選」に選ばれています。往時の遺構は神足神社境内の空堀や土塁だけですが、擬櫓や城門などが造られています。
 勝竜寺城は京都盆地の西南、小畑川と犬川の合流する所で、西国街道と久我畷が交差する交通上の要衝でした。南北朝動乱期の暦応2年(1339)、足利方の細川頼春が築いたとされていますが確証はありません。戦国時代末期に淀古城ととも松永久秀、三好三人衆の属城だったようです。
 永禄11年(1568)、織田信長は入洛する際、勝竜寺城で守る三好三人衆の岩成友通などを攻撃し、落城させています。元亀2年(1571)、細川藤孝(幽斉)が山城西岡一帯を与えられ勝竜寺城主となり、堅固な城に改修しました。
 天正6年(1578)藤孝の嫡男・忠興と明智光秀の娘お玉(細川ガラシャ)が勝竜寺城で式を挙げ、過ごしました。天正10年(1582)本能寺の変で光秀の属城となり、山崎の戦いで敗れた光秀は勝竜寺城に帰城し、坂本城へ向かう途中で落命、秀吉軍が勝竜寺城に入城しました。
 光秀の援軍要請を断った藤孝は剃髪、家督を忠興に譲り田辺城に隠居し、ガラシャを幽閉しました。勝竜寺城は淀古城の修築のため石材が移され荒廃しました。寛永10年(1633)、永井直清が修築しましたが、慶安2年(1649)、直清が摂津高槻藩に転封によって廃城となったようです。

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石清水八幡宮石清水井

石清水八幡宮石清水井
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の石清水井は石清水社本殿の階段下にあります。厳冬にも凍らず大ひでりでも涸れない霊泉です。男山五水の中でも特に尊ばれ、朝廷や将軍家の祈祷に時は、この霊水を山上の本宮に献供しました。神前に供された霊水は「御香水」というそうです。

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石清水社鳥居

石清水八幡宮境外摂社・石清水社鳥居
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
石清水社の鳥居は石造明神鳥居で柱に寛永十三年丙子八月の刻銘があり、当時の京都所司代・板倉重宗の寄進により建てられています。石清水八幡宮では最古の鳥居で、京都府指定文化財です。

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石清水八幡宮境外摂社・石清水社

石清水八幡宮境外摂社・石清水社
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の境外摂社である石清水社は男山中腹にあります。霊泉「石清水」を核とした摂社で、石清水八幡宮の名の由来となっている場所です。祭神には天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は、天地創造に関わった五柱のうちの一柱です。日本の国土が形成される前に現れた宇宙の始源神とされています。
 石清水社の本殿は江戸前期の建物で、寛文5年(1665)に修復されています。檜皮葺きの一間社流造りで、京都府指定文化財です。

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石清水八幡宮摂社・水若宮社本殿

石清水八幡宮摂社・水若宮社本殿
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の摂社である水若宮社本殿は気比社の真横に位置しています。貞観11年(869)に鎮座され、朱塗りの現在の社殿は寛永年間(1624-1643)に再建されたものです。一間社流造り、檜皮葺きで、平成20年(2008)に国の重要文化財に指定されています。
 水若宮社本殿は宇治稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)を祀っています。宇治・宇治上神社の主祭神である菟道稚郎子と同じ人です。応神天皇の皇子で、天皇に寵愛され皇太子になりましたが、異母兄の大鷦鷯尊(のちの仁徳天皇)に皇位を譲るため自殺したといわれています。

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石清水八幡宮気比社

石清水八幡宮気比社
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の末社である気比社は、本殿北側、若宮殿社本殿近くにあります。永世2年(1505)に鎮座された小祠で、朱塗りの一間社流見世棚造り、檜皮葺きです。気比大神を祀っています。神功皇后・応神天皇との関係から祀られたと推察されます。

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石清水八幡宮摂社・若宮殿社本殿

石清水八幡宮摂社・若宮殿社本殿
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の摂社である若宮殿社本殿は境内の北東に位置しています。貞観11年(869)に鎮座され、朱塗りの現在の社殿は寛永年間(1624-1643)に再建されたものです。間口3間、奥行3間、入母屋造り、檜皮葺き、正面は3間の向拝があり、左右には瑞垣があり、東面に玉垣が付いています。
 若宮殿社本殿は応神天皇の皇女2柱を祀っています。そのため「若姫殿」とも呼ばるそうです。平成20年(2008)に国の重要文化財に指定されています。女性の守護神とされ、厄年の女性がお詣りすればご利益があるそうです。

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石清水八幡宮摂社・若宮社本殿

石清水八幡宮摂社・若宮社本殿
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の摂社である若宮社本殿は若宮殿社の西隣りにあります。貞観11年(869)に鎮座され、寛永年間(1624-1643)に再建された建物です。間口4間、奥行4間、日吉造りの三間社流造りです。朱塗りで、檜皮葺き、正面には1間の向拝があり、その屋根は銅板葺きです。
 本殿の左右には瑞垣があり、東面に玉垣が付いています。応神天皇の跡を継いだ16代天皇・仁徳天皇を祀っています。若宮社本殿は摂社の中で最も大きな社殿で、平成20年(2008)に国の重要文化財に指定されています。男性の守護神とされ、厄年の男性がお詣りすれば霊験ありと信じられています。

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石清水八幡宮貴船社・龍田社

石清水八幡宮貴船社・龍田社
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の末社である貴船社・龍田社は朱塗りの、二間社流見世棚造りです。建久2年(1191)に鎮座されています。貴船社は水神である高おかみの神を祀っています。龍田社は風の神である級津彦命(しなつひこのみこと)と級津媛命を祀っています。

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石清水八幡宮一童社

石清水八幡宮一童社
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
  石清水八幡宮の末社である一童社(いどうしゃ)は北総門の北隣りにあります。朱塗り、純粋な和様形式の一間社流見世棚造りで、磯良(いそら)神を祀っています。磯良神は「海の神・航行安全の神」とされています。

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石清水八幡宮摂社・住吉社本殿

石清水八幡宮摂社・住吉社本殿
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の摂社である住吉社本殿は貞観11年(869)に鎮座され、寛永年間(1624-1643)頃に再建された建物です。檜皮葺き、朱塗りの一間社流造りの社殿は平成20年(2008)に国の重要文化財に指定されています。
 住吉社本殿は住吉三神を祀っています。底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)です。伊邪那岐尊が、黄泉国から伊邪那美命を引き戻せず、筑紫の阿波岐原で、黄泉国の汚穢を洗い清める禊を行った際に生まれた神々で、海の神・航海安全の守護神とされています。

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石清水八幡宮校倉

石清水八幡宮校倉
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 信長塀(築地塀)の北西隅に校倉(あぜくら)(宝蔵)が建てられています。間口3間、奥行2間、入母屋造り、本瓦葺きの校倉です。建築年代は不明ですが、文書や絵図などで江戸時代中期から存在していたようです。平成21年(2009)に京都府指定文化財となっています。

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廣田社・生田社・長田社

廣田社・生田社・長田社
 京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。
 石清水八幡宮の末社である廣田社・生田社・長田社は三間社流造りで、天慶3年(1055)に鎮座されています。廣田社は天照大御神、生田社は稚日女命、長田社は事代主命を祀っています。3社の本社は神功皇后が朝鮮遠征から凱旋された時、それそれの地で「この地に祀れ」との神託を受けた神社で、神功皇后との関係で勧請したものと思われます。

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