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清水寺経堂 

清水寺経堂
 京都府京都市東山区清水に清水寺があります。
 清水寺の経堂は三重塔の隣にあります。間口5間、奥行4間、単層、入母屋造り、本瓦葺きで背面には庇が付けられています。寛永再興時(1624-1643)に再建された建物で、内部には釈迦三尊像を安置し、一切経を納めています。昭和41年(1966)に国の重要文化財に指定されています。平成12年(2000)に解体修理が完成し、鮮やかな朱塗りの堂宇になっています。

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清水寺西門 

清水寺西門
 京都府京都市東山区清水に清水寺があります。
 清水寺の西門(さいもん)は 仁王門の奥の右側の小高い所にあります。寛永8年(1631)の建立で、切妻造り、檜皮葺きの三間一戸の八脚門です。正面には1間の向拝があり、背面には軒唐破風(のきからはふ)を付けています。門というより拝殿のような建物です。明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。

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清水寺三重塔 

清水寺三重塔
 京都府京都市東山区清水に清水寺があります。
 清水寺の三重塔は西門の先にあります。高さ30.1m、本瓦葺きの三間三重塔婆で、寛永9年(1632)に再建された塔です。内部は曼荼羅の密教世界があり、中央には大日如来が安置されています。昭和41年(1966)に国の重要文化財に指定されています。昭和62年(1987)に解体修理され、総丹塗りと共に桃山様式を示す各重横木の極彩色文様を復元しています。

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清水寺随求堂 

清水寺随求堂
 京都府京都市東山区清水に清水寺があります。
 清水寺の随求堂(ずいぐどう)は 仁王門の奥にあります。もとは塔頭・慈心院の本堂で、慈心院を中興した僧・盛松により、享保20年(1735)に建てられました。本尊の秘仏・大随求菩薩像は八臂の坐像で、享保18年(1733)に造られています。随求堂では地下の暗闇を歩く「胎内めぐり」が行われています。

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清水寺鐘楼 

清水寺鐘楼
 京都府京都市東山区清水に清水寺があります。
 清水寺の鐘楼は間口1間、奥行2間、単層、切妻造り、本瓦葺きの建物で、慶長12(1607)に六本柱、四方転びの技法を用いて再建されています。仁王門、馬駐とともに寛永6年(1629)の大火を免れ、明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。梵鐘も室町時代の文明10年(1478)に造られたもので国の重要文化財です。

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清水寺馬駐 

清水寺馬駐
 京都府京都市東山区清水に清水寺があります。
 清水寺馬駐(うまとどめ)は参詣者が馬をつないだ場所で、仁王門前の北側にあります。間口5間、奥行2間、単層、切妻造り、本瓦葺きの簡素な建物で、室町時代後期(1467-1572)に建てられています。仁王門、鐘楼とともに寛永6年(1629)の大火を免れています。昭和27年(1952)に国の重要文化財に指定されています。

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清水寺仁王門 

清水寺仁王門
 京都府京都市東山区清水に清水寺があります。
 清水寺の仁王門は境内入口に建つ朱塗りの門です。入母屋造り、檜皮葺きの、三間一戸の楼門で、室町時代後期(1467-1572)の建物です。正面左右には鎌倉時代末期の金剛力士(仁王)像を安置しています。馬駐、鐘楼とともに寛永6年(1629)の大火を免れています。昭和41年(1966)に国の重要文化財に指定されています。

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清水寺 

清水寺
 京都府京都市東山区清水に清水寺があります。
 音羽山清水寺は南都6宗の1つ法相宗の中の北法相(きたほっそう)宗の総本山です。広隆寺、鞍馬寺とともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ古刹です。また石山寺(滋賀県大津市)、長谷寺(奈良県桜井市)などと並び、日本でも有数の観音霊場で、西国33所観音霊場第16番札所でもあります。
 奈良時代の末、宝亀9年(778)大和の子島寺の延鎮上人が音羽の滝の行叡居士(ぎょうえいこじ)に逢い、霊木を授けられ観音像を彫造して、滝上の草庵に祀ったのが始まりといわれています。宝亀11年(780)、鹿を追って音羽山に入った坂上田村麻呂が、修行中の延鎮上人に出会いました。
 田村麻呂は妻の病気を治すため、薬になる鹿の生き血を求めたのですが、殺生の罪を説かれ、滝の清水と上人の観音信仰に導かれて自邸を本堂として寄進しました。後に征夷大将軍となり、東国の蝦夷平定をなし、延暦17年(798)、延鎮上人とともに本堂を建立、十一面千手観音を安置しました。
 延暦24年(805)には太政官符により田村麻呂は寺地を賜り、弘仁元年(810)には嵯峨天皇から「北観音寺」の寺号を賜り、国家鎮護の道場になっています。承和14年(847)には三重塔が建立されています。地震や火災で焼失しましたが、嘉保元年(1094)に復興し、一切経堂も建立されます。
 清水寺の伽藍は康平6年(1063)の火災以来、寛永6年(1629)の火災まで、記録に残るだけで9回の焼失再建を繰り返しています。現在の建物の多くは、寛永8年(1631)から寛永10年(1633)の間に、徳川家光の寄進によって再建されたものです。
 平安時代以来長らく興福寺の支配下にあったことから、興福寺と延暦寺の「南都北嶺」の争いに巻き込まれ、永万元年(1165)には延暦寺の僧兵の乱入によって堂宇が焼亡しました。文明元年(1469)には応仁の乱の兵火で焼失し、再建のために時宗僧の勧進聖・願阿弥が迎えられています。
 豊臣秀吉は清水寺に130石の寺領を安堵し、徳川幕府になってもこの寺領が継承されました。幕末には清水寺の住職で歌人の月照と弟信海が幕末勤王僧として活躍しました。月照は西郷隆盛とともに薩摩に逃れ、入水自殺したことは有名です。
 清水寺の本堂、清水寺境内地は国宝に指定され、仁王門、田村堂、馬駐、西門、三重塔、鐘楼、経堂、朝倉堂、鎮守堂(春日社)、本坊北総門、轟門、釈迦堂、阿弥陀堂、奥の院、子安塔が重要文化財に指定されています。また「古都京都の文化財」として世界遺産にも登録されています。

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京都国立博物館表門 

京都国立博物館表門
 京都府京都市東山区茶屋町に京都国立博物館があります。
 京都国立博物館の表門は鉄製扉がある煉瓦造りで、左右に番所の陸屋根が続いています。かつてはこの門で札売が行われていたそうです。明治28年(1895)に建てられ、昭和44年(1969)に国の重要文化財に指定されています。

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京都国立博物館旧本館 

京都国立博物館旧本館
 京都府京都市東山区茶屋町に京都国立博物館があります。
 京都国立博物館の旧本館は煉瓦造り、建築面積2896.5平方m、一階建て、桟瓦葺き、一部スレート及び銅板葺きです。明治28年(1895)に建てられ、昭和44年(1969)に国の重要文化財に指定されています。フレンチルネサンス様式で、外壁の要所に石を用い、正面中央には大きな妻飾りをもつ玄関を設けています。

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京都国立博物館 

京都国立博物館
 京都府京都市東山区茶屋町に京都国立博物館があります。
 京都国立博物館は片山東熊(かたやまとうくま)により明治30年(1897)に建てられた煉瓦造りの洋風建築物です。当時は帝国京都博物館と称されました。旧本館(明治古都館)・表門(正門)・札売場及び袖塀は国の重要文化財に指定され、技術資料参考館(旧恩賜京都博物館陳列品収納用倉庫)は国の登録有形文化財です。
 平成25年(2013)に平常展示館として平成知新館が新設され、明治古都館は特別展示館として利用されています。明治16年(1883)閉館した京都府立博物館の収蔵品1076件をを引き継ぎ、彫刻・書跡・金工など、国宝110点を含む約1万2000件以上の文化財が収蔵されています。
 設計した片山は赤坂離宮のほか、奈良国立博物館本館、東京国立博物館表慶館の設計にも携わった宮廷建築家です。旧本館は当初3階建ての予定でしたが、明治24年(1891)に発生した濃尾地震で2階建てのレンガ造り建物が多く倒壊したことを踏まえ、平屋建てに変更されたそうです。

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豊国神社唐門 

豊国神社唐門
 京都府京都市東山区大和大路通正面茶屋町に豊国神社(とよくにじんじゃ)があります。
 石段を上がると豪華な唐門があります。南禅寺の塔頭・金地院にあったもので、豊国神社再建にあたって金地院から移築された門です。以心崇伝が寛永4年(1627)に江戸幕府から二条城の唐門を譲り受けたもので、その前は伏見城にあったものと伝えられています。
 唐門は前後に唐破風がついた四脚門で、側面は入母屋造り、檜皮葺きの屋根です。部材は全て欅(けやき)で、西本願寺の国宝の唐門とよく似ています。欄間や扉の彫刻に桃山時代の華麗な意匠が施されています。豊国神社の唐門は昭和28年(1953)に国宝に指定されています。

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豊国神社 

豊国神社
 京都府京都市東山区大和大路通正面茶屋町に豊国神社(とよくにじんじゃ)があります。
 豊国神社は京都国立博物館の北側にあります。豊臣秀吉を祀り、一般に「コウコクさん」の呼称で人々に親しまれている神社です。慶長3年(1598)に63才で亡くなった秀吉は後陽成天皇より正一位の神階と豊国大明神の神号を賜り、遺骸は遺命により阿弥陀ヶ峰の中腹に葬られました。 
 そこには壮大な豊国廟(豊国神社)が建立されました。しかし元和元年(1615)、大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると、徳川家康は秀吉の神号を廃し、豊国廟も破却しました。秀吉の御霊は新日吉神社に移され、秀吉の遺体は山頂に残され、霊屋は朽ち果てるままに放置されました。
 慶応4年(1868)、明治天皇が大阪に行幸したとき、「皇威を海外に宣べ、数百年たってもなお寒心させる、国家に大勲功ある今古に超越するもの」であると賞賛し、豊国神社の再興を布告する沙汰書が下され、明治13年(1880)、明治政府が、現在ある方広寺大仏殿跡地に再興しました。

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法観寺五重塔 

法観寺五重塔
 京都府京都市東山区八坂上町に法観寺(八坂塔)があります。
 法観寺の五重塔は室町中期の永享12年(1440)に足利義教によって再建された三間五重の塔婆です。高さ46mで、本瓦葺きです。塔内には大日如来を中心とする五智如来像5体(大日、釈迦、阿しゅく、宝生(ほうしょう)、弥陀(みだ))が安置されています。須弥壇の下には創建時のものと思われる飛鳥時代の古い松香石(凝灰岩の一種)の大きい中心礎石が残されているそうです。五重塔は明治30年(1897)に国の重要文化財に指定されています。

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法観寺(八坂塔) 

法観寺(八坂塔)
 京都府京都市東山区八坂上町に法観寺(八坂塔)があります。
 八坂神社と清水寺の間ぐらいに法観寺の五重塔があります。通称「八坂の塔」と呼ばれ、京都を代表する場所になっています。霊応山(れいおうざん)法観寺は臨済宗建仁寺派のお寺で、五重塔のほかは太子堂、薬師堂があるだけです。
 寺伝によれば、聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げにより建立したと伝えられています。他説には朝鮮から渡ってきた狛人(こまびと)八坂造(みやつこ)が創建したという説あります。古くは八坂寺といわれ、四天王寺式伽藍が建ち並び、延喜式七ヶ寺の一つに数えられるほど栄えたそうです。
 創建当初の塔は治承3年(1179)に祇園社と清水寺との争いで焼失し、建久2年(1191)、源頼朝によって再建されました。仁治元年(1240)には、建仁寺8世済翁証救(さいおうしょうきゅう)が入寺して、真言宗から禅宗の臨済宗に改めたそうです。
 法観寺は正応4年(1291)、落雷により焼失し、後宇多天皇の援助により、延慶2年(1309)、北條貞時、山内円成尼により再興されました。永享8年(1436)に再び焼失し、永享12年(1440)に足利義教(よしのり)によって、五重塔が再建されました。応仁・文明の乱(1467-1477)では五重塔以外の堂宇が焼失したそうです。

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建仁寺方丈 

建仁寺方丈
京都府京都市東山区大和大路四条下ルに建仁寺(けんにんじ)があります。
 建仁寺の方丈は文明19年(1487)に広島の安国寺に建立された建物です。安国寺恵瓊が慶長4年(1599)に建仁寺に移築しました。東側には大玄関があり、本坊とつながっています。襖と荿欄間とで仕切られていて、仏間、書院、室中、礼の間、檀那の間、衣鉢の間があります。
 方丈は間口27.6m、奥行20.7m、単層、入母屋造り、銅板葺きです。四周に広縁を巡らせ、広縁は幅が一間半と広く、落縁付で西縁まで続いています。 天井は二重折上格天井で、正面広縁境には三口の桟唐戸を備えています。明治32年(1899)に国の重要文化財に指定されています。

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建仁寺法堂 

建仁寺法堂
京都府京都市東山区大和大路四条下ルに建仁寺(けんにんじ)があります。
 建仁寺の法堂(はっとう)は「拈華堂(ねんげどう)」とも呼ばれ、仏殿(本尊を安置する堂)と法堂(講堂にあたる堂)を兼ねています。明和2年(1765)の建立で、本尊釈迦如来座像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られています。空白だった天井に平成14年(2002)、創建800年を記念して小泉淳作筆の「双龍」が描かれました。

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建仁寺三門 

建仁寺三門
京都府京都市東山区大和大路四条下ルに建仁寺(けんにんじ)があります。
 建仁寺の三門は仏道修行の悟りを示す「空門」「無相門」「無作門」の3つの門を表しています。また「御所を望む楼閣」という意味で「望闕楼」(ぼうけつろう)と名づけられています。建仁寺、南禅寺の住持であった瑞巌龍惺(ずいがんりゅうせい)(1384‐1460)の「春眺」の詩の中に「望闕楼高くして帝城に対す」と記されています。
 建仁寺の三門には釈迦如来、迦葉・阿難両尊者と十六羅漢が祀られています。三門は静岡県浜松市(旧浜名郡雄踏町)の安寧寺から大正12年(1923)に移築された建物で、江戸時代末期の建築です。

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建仁寺勅使門 

建仁寺勅使門
京都府京都市東山区大和大路四条下ルに建仁寺(けんにんじ)があります。
 建仁寺の勅使門は寺の南側正面、八坂通りに面しています。平清盛の嫡男・重盛の六波羅の門を移したとも、平教盛の館門を応仁の乱後に移築したともいわれています。様式的には鎌倉時代後期(1275-1332)の建築とみられています。
 建仁寺勅使門は切妻造り、銅板葺きの四脚門です。かってはこけら葺きだったようです。柱や扉に矢の痕があり、矢の根門とか、矢立門と呼ばれています。勅使門は明治35年(1902)に国の重要文化財に指定されています。

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建仁寺 

建仁寺
 祇園の繁華街近くにある東山(とうざん)建仁寺は、臨済宗建仁寺派の大本山です。建仁2年(1202)将軍源頼家の帰依を受けた明庵栄西(みょうあんえいさい・ようさい)禅師が宋の百丈山にならって建立した、京都最初の禅寺です。当時の寺域は鴨川の東、南は五条通り、北は四条通りにいたる広大な敷地だったそうです。

 寛元・康元年間の火災などで境内は荒廃しましたが、正嘉元年(1258)、東福寺開山の円爾弁円(えんにべんえん)が10世として入寺し、境内を復興させ、禅も盛んとなりました。

 正元元年(1259年)には宋の禅僧で建長寺開山の蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が11世として入寺し、禅の作法、規矩(禅院の規則)が厳格に行われ、純粋に禅の道場となりました。室町幕府により中国の制度にならった京都五山が制定され、至徳3年(1386)には第3位に列せられ、五山禅林文学の中心として繁栄しました。

 戦乱と幕府の衰退により再び荒廃しますが、天正年間(1573-1592)に東福寺退耕庵の安国寺恵瓊(あんこくじえけい)が方丈や仏殿を移築して復興し、豊臣秀吉、徳川幕府から保護を受けました。明治に入り政府の宗教政策により臨済宗建仁寺派としての分派独立し、その大本山となりました。

 勅使門(国重文)、放生池、三門、法堂(仏殿)、方丈(国重文)・庫裏が禅寺の型どおり一直線にならんでいます。約10万平方mの境内には、他にも開山堂、安国寺塔、鐘楼、摩利支天堂、塔頭などが点在し、寺観も名刹らしく整っています。

 建仁寺は寺宝を多く所蔵しています。国宝に指定されている風神雷神図もその一つで俵屋宗達の代表的な作品です。京都の豪商・打它公軌(うだきんのり/糸屋十右衛門)が建仁寺派の妙光寺再興の記念に宗達に描かせたもので、その後、妙光寺から建仁寺に寄贈されました。(現在は京都国立博物館に寄託されています)

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八坂神社忠盛灯籠 

八坂神社忠盛灯籠
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の境内には忠盛灯籠(ただもりとうろう)があります。平清盛の父・平忠盛ゆかりの燈籠です。忠盛が祇園女御の許に赴く白河法皇の供をして付近を通った時、鬼のようなものが見えたことから討ち取るよう命じられました。正体を見定めてと生け捕りにしてみると、蓑をまとい油壺と松明を持ち灯籠に灯りを献じようとしていた祇園社の僧だったそうです。

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八坂神社美御前社 

八坂神社美御前社
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の境内には末社の美御前社(うつくしごぜんしゃ)があります。宗像三女神である市杵島比売神(いちきしまひめ)・多岐理比売神(たぎりひめ)・多岐津比売神(たぎつひめ)を祀っています。素戔鳴尊が天照大神と誓約された時、素戔鳴尊の持っていた十挙剣を振りすすいで生まれたといわれています。

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八坂神社悪王子社 

八坂神社悪王子社
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の境内には摂社の悪王子社(あくおうじしゃ)があります。八坂神社の祭神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)の荒魂(あらみたま)を祀っています。悪王子町などから、明治10年(1877)にここに遷座されたものです。

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八坂神社蛭子社社殿 

八坂神社蛭子社社殿
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の境内には末社の蛭子社(えびすしゃ)があります。北向きに社を構えていることから「北向蛭子社」とも呼ばれています。こけら葺きで、間口3間、奥行3間の流造り、両側と背面に庇を付けています。現在の社殿は江戸前期の正保3年(1646)に建てられたもので、明治44年(1911)に国の重要文化財に指定されています。

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八坂神社舞殿 

八坂神社舞殿
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の舞殿(ぶでん)は本殿のすぐ南にあり、舞踊などの各種奉納行事や結婚式などが行われます。沢山の提灯は、祗園の御茶屋や料亭から寄進されたものです。祇園祭の際には3基の神輿が置かれ儀式が行われます。幕末の慶応2年(1866)の火災で焼失し、現在の建物は明治36年(1903)に再建された建物です。

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八坂神社本殿 

八坂神社本殿
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の本殿は間口7間、奥行6間、祇園造りで屋根は入母屋造り、檜皮葺きです。現在の建物は承応3年(1654)、徳川幕府4代将軍の徳川家綱によって再建された建物です。日本最大級の神社神殿といわれ明治44年(1911)に国の重要文化財に指定されています。平成14年(2002)に40年ぶりに修復しています。
 本殿は平安時代に神殿と礼堂(拝殿)を仏教建築様式で一体化させたもので、祇園造りと呼ばれます。本殿と拝殿を1つの入母屋屋根で覆っています。京都御所の紫宸殿を模して建てられたといわれ東側には小さな御車寄(玄関)があります。本殿の下に竜穴があり、神泉苑や東寺まで通じているという言い伝えが残っています。

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八坂神社南楼門 

八坂神社南楼門
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の南楼門は本殿の南にある八坂神社の正門です。入母屋造り、重層の三間一戸の楼門です。屋根は檜皮葺きだったものを昭和56年(1981)に銅板葺きに替えています。慶応2年(1866)に火災で焼失し、明治12年(1879)に再建されたものが今ある南楼門です。

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八坂神社西楼門 

八坂神社西楼門
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の西の楼門は 本殿の西、四条通りの突き当たりに建てられています。切妻造り、本瓦葺きの三間一戸の楼門は明応6年(1497)に再建された建物です。古くは夜叉門(やしゃもん)、籠門(かごもん)と呼ばれていました。明治41年(1908)に国の重要文化財に指定されています。楼門には、蜘蛛の巣が張る事がなく、また雨だれの跡も付かないといわれています。

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八坂神社石鳥居 

八坂神社石鳥居
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社の石鳥居は南の入口である南楼門の前に建てられています。高さ9.5mあり、現存する石造りの鳥居では最大といわれ、日光東照宮や鎌倉の鶴岡八幡宮とともに日本3大石鳥居に数え上げられています。正保3年(1646)に建立され、寛文2年(1662)に地震で倒壊、その後、寛文6年(1666)に再建されました。大正2年(1913)に国の重要文化財に指定されています。

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八坂神社 

八坂神社
 京都府京都市東山区祇園町北側に八坂神社があります。
 八坂神社は「八坂さん」「祇園さん」の名で親しまれ、古くから厄除けの神さまとして有名です。全国各地に約3千もの分社を持っています。明治維新までは祇園社または感神院と称したそうです。花街の祇園がすぐそばにあるせいか、たたずまい、雰囲気とも艶やかで独特の香気をただよわせています。

 創建には諸説ありますが、上代に高麗からの帰化人・八坂氏が牛頭天王を祀ったのが初めという説もあります。八坂神社の祭神は、素戔嗚尊(すさのをのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、八柱御子神(やはしらのみこかみ)です。

 斉明天皇2年(656)に素戔嗚尊を祀ったのが起源で、素戔嗚尊は祇園精舎の守護神である牛頭(ごず)天王と一体視され、祇園社と呼ばれるようになりました。元慶3年(879)、陽成天皇が堀川の地十二町を神領地として寄進、藤原基経は、邸宅を寄進、道長もたびたび参詣したそうです。

 円融天皇は、天延3年(975)、走馬・勅楽・御幣を奉られ、これ以後、祇園祭が行われるようになったそうです。長徳元年(995)には、王城鎮護の社として尊崇された21社のうちの1社となり、延久4年(1072)には後三条天皇が行幸されました。

 平清盛は田楽を奉納、源頼朝は狛犬を奉納しています。足利将軍家も社領の寄進や修造を行うとともに社務執行は将軍家代々の祈祷も務めました。豊臣秀吉は母大政所の病気平癒を祈願し、焼失していた大塔を再建し、一万石を寄進しています。

 徳川家康は社領を寄進、家綱は現存する社殿を造営、数多くの神宝類を寄進しました。明治初期に八坂神社と改称され、明治4年(1872)に官幣中社に列格、大正4年(1915)には官幣大社に昇格しています。

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