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宝山寺

宝山寺
奈良県生駒市門前町に宝山寺があります。
 都史陀山・宝山寺は生駒山の東側中腹にあり、生駒聖天(いこましょうてん)の名で広く知られる真言律宗の大本山です。この地は役行者の開いた修験者の行場として栄え、弘法大師も修行したと伝えられています。
 延宝6年(1678)、湛海律師(たんかいりつし)が入山して中興となり、諸堂を整備しました。貞享3年(1686)に聖天堂に祀った歓喜天は、生駒聖天として広く信仰を集めるようになりました。江戸時代には、宝山寺は商売の神として大阪商人の信仰を集めました。
 元禄12年(1699)、東山天皇から皇子誕生祈願の勅命を受けて法験をあらわして以来、明治維新まで勅願寺となっていました。徳川幕府や、郡山藩主柳沢家からも崇敬され繁栄しました。大正7年(1918)には日本最初のケーブルカー、生駒鋼索鉄道(現・近鉄生駒鋼索線)が敷設されています。
 長い参道の両側には燈籠が並び、般若窟と呼ばれる大岩壁を背に、本堂、聖天堂、多宝塔、観音堂、奥の院などが建てられています。麓から続く参道の階段は奥の院までを含めると千段にのぼり、年間300万人もの参拝客を集めています。宝山寺の客殿である獅子閣は国の重要文化財に指定されています。

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長福寺本堂

長福寺本堂
 奈良県生駒市俵口町に長福寺(ちょうふくじ)があります。
 長福寺の本堂は鎌倉時代後期の弘長年間前後(1275-1332)に建てられたと考えられています。間口5間、奥行3間、単層、入母屋造り、本瓦葺きで、正面に1間の向拝、背面に下屋があります。明治32年(1899)に国の重要文化財に指定されています。

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長福寺

長福寺
 奈良県生駒市俵口町に長福寺(ちょうふくじ)があります。
 金龍山長福寺は真言律宗のお寺です。寺伝によると推古天皇の25年(617)聖徳太子の創建で「国家安穏福徳増長」を毘沙門天に祈願したことから長福寺と称しました。鎌倉時代、荒廃していたのを西大寺の叡尊が勧進し、弘長年間(1261-1264)に実詮(じつせん)により再興されました。
 長福寺本堂は地盤沈下のため平成24年(2012)から4年かけて解体修理が行われました。いままでも享徳3年(1454)、天正2年(1574)、延宝6年(1678)、宝暦13年(1763)、明治37年(1904)に修理されています。

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圓證寺本堂

圓證寺本堂
 奈良県生駒市上町に圓證寺(円証寺)(えんしょうじ)があります。
 圓證寺の本堂は室町後期の天文21年(1552)に建てられています。間口3間、奥行3間、単層、寄棟造り、本瓦葺きで、正面に1間の向拝が付けられています。昭和60年(1985)に騒音や震動の被害を避けるため住宅街にある現在地に移転しました。国重文指定後の本堂の移築は極めて異例です。
 組物は舟肘木(ふなひじき)の簡素なお堂です。細部に室町時代末期の意匠が駆使されています。奈良市内に残る中世仏堂として重要なものとして、昭和36年(1961)に円証寺本堂として、棟札とともに国の重要文化財に指定されています。

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圓證寺(円証寺)

圓證寺(円証寺)
 奈良県生駒市上町に圓證寺(円証寺)(えんしょうじ)があります。
 圓證寺は真言律宗のお寺で、昭和60年(1985)に近鉄奈良駅近くの奈良市林小路町から現在地に移転しました。鎌倉時代に忍性が筒井荘(現・大和郡山市)に創建し、天文年間(1532-1555)に筒井順昭が帰依して中興願主となり菩提所となりました。
 筒井氏は興福寺衆徒僧兵の棟梁から地方の大名になった名門で、筒井順昭の子・筒井順慶はよく知られています。天文十九年庚戌六月二十日の刻銘がある五輪塔と、本堂は国の重要文化財に指定されています。

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伊弉諾神社

伊弉諾神社
 奈良県生駒市上町に長弓寺(ちょうきゅうじ)があります。
 伊弉諾(いざなぎ)神社は長弓寺の境内の東側にあります。明治の神仏分離以前は牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)と呼ばれた聖武天皇勅願の長弓寺の守護神でした。式内社で素盞鳴命(すさのうのみこと)、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)を祀っています。

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長弓寺本堂

長弓寺本堂
 奈良県生駒市上町に長弓寺(ちょうきゅうじ)があります。
 長弓寺の本堂は棟礼により、弘安2年(1279)に建てられています。鎌倉時代の寺院建築を代表する貴重なもので、生駒市内唯一の国宝に昭和28年(1953)に指定されました。間口5間、奥行6間、単層、入母屋造り、檜皮葺きで、正面に1間の向拝が付けられています。
 本堂は和様が基調になっていますが、桟唐戸・頭貫(かしらぬき)の木鼻などは大仏様になっています。内部は長い虹梁(こうりょう)を架け、柱を抜いて梁を露出させ、広い外陣を設けています。像高120cmの本尊の木造十一面観音立像は黒漆厨子に納められて安置されています。

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長弓寺

長弓寺
 奈良県生駒市上町に長弓寺(ちょうきゅうじ)があります。
 真弓山長弓寺は真言律宗のお寺です。長弓寺縁起によると奈良時代に聖武天皇が鳥見郷の豪族・真弓長弓(まゆみたけゆみ)の案内で狩りをしました。その時、あやまって息子・長麻呂の流れ矢に当たって長弓が死んだため哀れに思った聖武天皇が僧・行基に開かせたといわれています。
 延暦年間(782-806)に藤原良継(よしつぐ)が堂塔を再興し、盛時には20もの塔頭があったようです。現在は円生院(えんしょういん)、宝光院、法華院、薬師院の4坊が残り、長弓寺本寺には住職がいないため、輪番制で本堂を護持しています。
 弘安2年(1279)、真言律宗の祖・叡尊(1201-1290)によって本堂が再建され、現在まで続いています。文明5年(1473)、山名宗全の落人に寺宝などを破壊され、天正5年(1577)には織田信長によって寺領を没収されたりしました。
 境内には国宝に指定された本堂と塔頭4坊、神仏混交の名残りの伊弉諾神社があります。かつては鎌倉時代建立の三重塔がありましたが、門、鐘楼とともにザ・プリンス さくらタワー東京、グランドプリンスホテル高輪、グランドプリンスホテル新高輪の3つホテルを包みこむように広がる日本庭園・高輪日本庭園に移築されています。また、黒漆厨子、木造十一面観音立像は国の重要文化財に指定されています。

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高山八幡宮本殿

高山八幡宮本殿
 奈良県生駒市高山町に高山(たかやま)八幡宮があります。
 高山八幡宮の本殿は檜皮葺きの、三間社流造りで室町時代後期の元亀3年(1572)に再建された建物です。蟇股には中央に蓮、西に隼人瓜、東に枇杷が、虹梁木鼻には東に牡丹、西に桃、背面には渦文の彫刻があり、正統的な様式で造られています。昭和53年(1978)に国の重要文化財に指定されています。

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高山八幡宮

高山八幡宮
 奈良県生駒市高山町に高山(たかやま)八幡宮があります。
 高山八幡宮は宇佐神宮から手向山八幡宮への勧請の際の頓宮(とんぐう)が起源といわれています。奈良時代の天平勝宝元年(749)、宇佐八幡神を東大寺の鎮守社・手向山八幡宮に勧請する際、ここが仮の宮になったそうです。
 鎌倉時代には、西大寺中興の祖である叡尊が、ここで菩薩戒を授けました。八幡神は武の神として、中世には源氏など武家に崇敬され、領主の鷹山氏の氏神にもなり、無足人座と呼ばれる宮座が結成されました。室町時代の文明年間(1469-1487)に焼き討ちで焼失し、その後、再興されました。
 足仲津彦命(あしなかつひこのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと)、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)を祭神として祀っています。本殿前には、拝殿が建てられています。その前には寛政11年(1799)に再建された舞台があり、東西に座の建物が並んでいます。

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諏訪大社下社春宮左片拝殿

諏訪大社下社春宮左片拝殿
 長野県諏訪郡下諏訪町大門に諏訪大社下社春宮(すわたいしゃしもしゃはるみや)があります。
 諏訪大社下社春宮の左片拝殿は幣拝殿の向かって右脇に建てられています。間口5間、奥行1間、1重、片流招屋根付、切妻造り、銅板葺きです。昭和58年(1983)に国の重要文化財に指定されています。

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諏訪大社下社春宮右片拝殿

諏訪大社下社春宮右片拝殿
 長野県諏訪郡下諏訪町大門に諏訪大社下社春宮(すわたいしゃしもしゃはるみや)があります。
 諏訪大社下社春宮の右片拝殿は幣拝殿の向かって左脇に建てられています。間口5間、奥行1間、1重、片流招屋根付、切妻造り、銅板葺きです。昭和58年(1983)に国の重要文化財に指定されています。

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諏訪大社下社春宮幣拝殿

諏訪大社下社春宮幣拝殿
 長野県諏訪郡下諏訪町大門に諏訪大社下社春宮(すわたいしゃしもしゃはるみや)があります。
 秋宮より小ぶりの神楽殿の奥に、諏訪大社下社春宮の幣拝殿があり、瑞垣内に宝殿2棟があります。拝幣殿は安永8年(1779)竣工の柴宮長左衛門の名建築で、昭和58年(1983)に国の重要文化財に指定されています。
 間口1間、奥行2間、楼造り、切妻造り、正面軒唐破風付、銅板葺きです。左右に片拝殿がつながっています。秋宮の幣拝殿とほとんど同じ形式の建築ですが、素木造りで色彩などは施されていません。

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諏訪大社下社春宮下馬橋

諏訪大社下社春宮下馬橋
 長野県諏訪郡下諏訪町大門に諏訪大社下社春宮(すわたいしゃしもしゃはるみや)があります。
 大門通りからまっすぐ伸びる参道(車道)の途中に太鼓橋の下馬橋があります。室町時代の建立で、元文元年(1736)改修され、下社では最も古い建物です。下乗下馬といわれこれより中は殿様でも籠や馬から降りなければならない場所でした。
 下馬橋は間口5間、奥行1間、切妻造り、妻入、銅板葺きです。現在この橋を通ることができるのは1年に2度の神行行事の神様がお乗りなった神輿だけとなっています。下馬橋は下諏訪町の文化財に指定されています。

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諏訪大社下社春宮

諏訪大社下社春宮
 長野県諏訪郡下諏訪町大門に諏訪大社下社春宮(すわたいしゃしもしゃはるみや)があります。
 諏訪大社は全国に1万余の御分社を持つ諏訪神社の総本社です。諏訪湖南北に2社4宮(上社本宮、上社前宮、下社秋宮、春宮)が鎮座し、日本最古の神社の一つといわれています。
 上社は男神の建御名方富命(たけみなかたのみこと)を、下社はその妻の女神・八坂刀売命(やさかとめのみこと)を主祭神としています。天慶3年(940)に正一位を賜り、延喜式神名帳には名神大社と書かれ信濃国一之宮となりました。
 室町時代に上社と下社の間に騒乱があり、多くの社殿、社宝など焼失し、天正10年(1582)、織田が武田を攻めた高遠城攻防で兵火は諏訪まで及び多くの社殿、社宝が灰塵に帰しました。 江戸時代に入ると幕府が庇護し下社には500石の神領が安堵され、社殿も随時再建されました。
 7年毎、寅と申の年に樅を山中から切り出し、神木を建てる諏訪大社式年造営御柱大祭があります。この御柱祭(おんばしら)は巨木を人力のみで曳き、各お宮の四隅に建てるという勇壮なもので、毎回20万人以上が訪れます。
 諏訪大社下社春宮の社殿は秋宮と、1キロほど離れています。春宮と秋宮の間では、毎年2月1日と8月1日に遷座祭が行われています。神様は2月から7月までは春宮に来られるのです。

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諏訪大社下社秋宮根入りの杉

諏訪大社下社秋宮根入りの杉
 長野県諏訪郡下諏訪町に諏訪大社下社秋宮(すわたいしゃしもしゃあきみや)があります。
 諏訪大社下社秋宮の鳥居をくぐると正面に根入りの杉といわれる杉がそびえています。高さ約35mの大木で、大社の御神木の一つで樹齢は約800年といわれています。この杉の巨木は夜になるとイビキが聞こえるといわれています。また、この杉の木の落葉を煎じて子供に飲ませると、子供の夜泣きが止まる、皮を使った御守りを持たせると、夜泣きする子供がよく眠れるようになるなど、様々な伝承があり、下社7不思議の1つに数えられています。
 昔から国家に変事がある時は唸りを発するともいわれています。この巨樹は夜には特に枝を下げ、布団を掛けて静かに寝ている様にも見えるので「寝入りの杉」だとか、杉の挿木に根が生えたものなので「根入りの杉」などと呼ばれているそうです。

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諏訪大社下社秋宮左片拝殿幣

諏訪大社下社秋宮左片拝殿幣
 長野県諏訪郡下諏訪町に諏訪大社下社秋宮(すわたいしゃしもしゃあきみや)があります。
 諏訪大社下社秋宮の左片拝殿幣は幣拝殿の向かって右脇に建てられています。間口5間、奥行2間、1重、切妻造り、銅板葺きです。彫刻を全く使わない簡素な廊形式で、昭和58年(1983)に国の重要文化財に指定されています。

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諏訪大社下社秋宮右片拝殿

諏訪大社下社秋宮右片拝殿
 長野県諏訪郡下諏訪町に諏訪大社下社秋宮(すわたいしゃしもしゃあきみや)があります。
 諏訪大社下社秋宮の右片拝殿は幣拝殿の向かって左脇に建てられています。間口5間、奥行2間、1重、切妻造り、銅板葺きです。彫刻を全く使わない簡素な廊形式で、昭和58年(1983)に国の重要文化財に指定されています。

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諏訪大社下社秋宮幣拝殿

諏訪大社下社秋宮幣拝殿
 長野県諏訪郡下諏訪町に諏訪大社下社秋宮(すわたいしゃしもしゃあきみや)があります。
 諏訪大社下社秋宮の幣拝殿は神楽殿の奥にあり、安永10年(1781)に初代・立川和四郎富棟により完成されました。間口1間、奥行2間、楼造り、切妻造り、正面軒唐破風付、銅板葺きです。左右の建物は片拝殿で、奥にはお宝殿があります。
 幣拝殿は、諏訪大社独特な門と拝殿を兼ねた形式になっています。上社本宮の幣拝殿と比べると、上社では拝殿の後方に別構造の門が建つのに対し、下社秋宮・春宮では、総2階建になっています。全体が欅の素木造りで、彫刻が数多く施されています。幣拝殿は、昭和58年(1983)に国の重要文化財に指定されています。

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諏訪大社下社秋宮神楽殿

諏訪大社下社秋宮神楽殿

 長野県諏訪郡下諏訪町に諏訪大社下社秋宮(すわたいしゃしもしゃあきみや)があります。
 諏訪大社下社秋宮の神楽殿は天保6年(1835)に立川流2代目の富昌の手によって建てられた社殿です。前面に提げられている注連縄は、重さが1トンもあるそうです。間口5間、奥行3間、1重、三方切妻造り、妻入、銅板葺きです。
 前方が妻入りの切妻で、後方が平入りの切妻のため、 棟全体がT字型の撞木造りで、三方切妻造りと呼ばれています。全体が素木で、彫刻や彩色などが使われていません。質素で比較的簡素な造りとなっています。神楽殿は昭和58年(1983)に国の重要文化財に指定されています。

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諏訪大社下社秋宮

諏訪大社下社秋宮
 長野県諏訪郡下諏訪町に諏訪大社下社秋宮(すわたいしゃしもしゃあきみや)があります。
  諏訪大社は、お諏訪様と呼ばれ、全国に1万余の御分社を持つ諏訪神社の総本社です。諏訪湖南北に2社4宮(上社本宮、上社前宮、下社秋宮、春宮)が鎮座し、日本最古の神社の一つといわれています。本殿をもたない諏訪造りと呼ばれる建築様式で建てられています。
 上社は男神の建御名方富命(たけみなかたのみこと)を、下社はその妻の女神・八坂刀売命(やさかとめのみこと)を主祭神としています。孝徳天皇8年(652)、持統5年(691)、大宝3年(703)に朝廷より勅使が派遣されています。承和9年(842)には従五位下、貞観9年(867)に従一位、天慶3年(940)に正一位を賜り、延喜式神名帳には名神大社と書かれ信濃国一之宮となりました。
 諏訪大社では木や石などに降りる精霊として、ミシャクジ神を祀っていました。奉祀する神職の最高位を大祝と呼び、上社の大祝「諏訪氏」は祭神の子孫として、下社の大祝(おおほうり)金刺氏は皇族の子孫としていました。 平安時代後期、諏訪・金刺の両氏が武力を持って大きな勢力となりました。祀られていた神もミシャクジから、上社は建御名方命、下社は八坂刀売命になりました。
 その後、金刺氏は戦国時代に入り滅亡し、上社の諏訪頼重は武田氏に滅ばされます。天正10年(1582)、織田信忠が5万の兵でと武田勝頼を攻めました。高遠城攻防で兵火は諏訪まで及び多くの社殿、社宝が灰塵に帰しました。
 徳川幕府から庇護され、下社には500石の神領が安堵されました。高島藩主・諏訪頼水などにも崇敬されました。頼水の父・頼忠は諏訪氏直系で武田氏に滅ばされた諏訪頼重の従兄弟に当たります。明治初頭の神仏分離令と廃仏毀釈により仏式が除かれ、現在に至っています。  
 諏訪湖周辺にある4つの諏訪大社のなかで、もっともにぎわいをみせるのが、諏訪大社下社秋宮です。旧中山道と甲州街道の分岐点にあり、下諏訪宿が開かれると多くの信者、旅人が参拝に訪れ社運も隆盛し、温泉が湧き出たことで湯治客も多く集まりました。
 下社は春宮と秋宮の2社に分かれています。下社の祭神である八坂刀売命は、2月から7月まで春宮に鎮座し、8月1日の御舟祭りで秋宮に遷座し、翌2月1日に春宮に帰座されるといわれています。つまり夏は春宮に、冬は秋宮に住まわれるのです。
 諏訪大社下社秋宮には本殿がありません。ご神体は拝殿・御宝殿の奥のご神木「一位の木」です。拝殿中央に「御神鏡」が祀られています。ここには、日本一大きい青銅製の狛犬や注連縄があります。また宝物殿には国の重要文化財の売神祝印ほか多くの貴重な宝物資料があります。
 拝殿に向かって右側、一の御柱の奥のお社は、手前が稲荷社、真ん中がお諏訪さまの御子神を祀る若宮社、奥が皇大神宮社です。左側二の御柱近くにあるお社は、右から八坂社、加茂上下社、子安社及び鹿島社です。
 秋宮の社殿は諏訪出身の宮大工立川和四郎初代富棟が手掛け、安永10年(1781)に完成しました。幣拝殿、左片拝殿、右片拝殿、神楽殿が国の重要文化財に指定されています。

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八島ヶ原湿原

八島ヶ原湿原
長野県諏訪郡下諏訪町八島湿原に八島ヶ原湿原(やしまがはらしつげん)があります。
 八島ヶ原湿原は霧ヶ峰の湿原の中で最大の高層湿原です。1万2千年もの時を刻み形成されたと推定されていて、国の天然記念物の指定を受けています。八島ヶ池などの池も点在し、周囲には1時間30分ほどの遊歩道も整備されています。また、車山山頂から八島ヶ原湿原への3時間のトレッキングコースもあります。
 湿原の周囲の草原は亜高山(標高 1500m~2000m)の植物が豊富で花の宝庫となっており、湿原をとりまく木道やハイキングコースでは、色鮮やかな花々を間近で見ることができます。
 八島ヶ原湿原は1年で1mm堆積するミズゴケ類が8千年以上かかって堆積した8m半の泥炭層からなり、ここでは特に250種以上もの植物が見られます。

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島木赤彦歌碑

島木赤彦歌碑
 長野県諏訪郡下諏訪町西高木に下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館があります。
 島木赤彦は明治9年(1876)、諏訪郡上諏訪村(現諏訪市)に生まれました。短歌、俳句、新体詩を作り、27歳のとき歌誌「氷むろ」を創刊し、のち上京して「アララギ」の編集にあたりながら第1線の歌人となりました。大正15年(1926)に没しています。
 敷地内に島木赤彦歌碑があります。

 信濃路はいつ春にならむ夕づく日
  入りてしまらく黄なる空のいろ

 大正15年(1926)2月、病が重かった島木赤彦の口述を不二子夫人が代筆したといわれています。長い冬に耐えて春を待つ人々の思いを見事に表現しています。

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「下駄スケート発祥の地」の碑

「下駄スケート発祥の地」の碑
 長野県諏訪郡下諏訪町西高木に下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館があります。
 下諏訪町は下駄スケート発祥の地、下駄スケートを生み出したところなのです。敷地内に「下駄スケート発祥の地」の碑があります。諏訪湖展示室には、たくさんの下駄スケートが展示されています。

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下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館

下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館
 長野県諏訪郡下諏訪町西高木に下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館があります。
 下諏訪町立諏訪湖博物館・赤彦記念館は舟をイメージした建物です。湖水に浮かぶように滑らかな曲面を見せています。常設展示は、諏訪湖独特の漁法や湖と暮らしの文化。そして、島木赤彦関係の貴重な資料が展示されています。
 諏訪湖のまるた舟は丸太材を二つ割りにして内側をくりぬき舷(ほて)とし、板材で底板を張った構造舟です。一人で漁をするのに操作しやすく、波負けしないそうです。長野県の民俗文化財に指定されています。

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万治の石仏

万治の石仏
 長野県諏訪郡下諏訪町東山田に万治の石仏(まんじのせきぶつ)があります。
 諏訪大社下社春宮の旧参道脇に不思議な石仏があります。伝説によると諏訪大社春宮の鳥居を造るとき、この石を材料にしようとノミを入れたところ、傷口から血が流れ出したそうです。石工たちは恐れをなし仕事をやめたそうです。ノミの跡は今でも残っているということです。
 その夜、石工の夢枕に上原山(茅野市)に良い石材があると教えられ、言われたとおり行ってみると良材を見つけることができたそうです。石工たちは先の霊の宿る石を敬い、この石に阿弥陀如来を祀ったとのことです。
 参道入り口に、画家の岡本太郎氏による碑が立っています。岡本先生は「世界中でこんなおもしろいものは見たことがない」と惚れ込み、作家の新田次郎先生も南米イースター島から渡来した首という想定で小説を書き話題となりました。

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熊野神社行屋

熊野神社行屋
 長野県諏訪郡下諏訪町社に熊野神社があります。
 行屋は修験道行者の修行場所であると同時に、公民館や公会所のような役割も持っていたようです。熊野神社の行屋は享保の「一村限村地図」にも記されていました。その後、明治初期に再建されたものです。間口5間、奥行4間、坪数19.6坪、茅葺きです。諏訪地方唯一の行屋の遺構で、昭和51年(1976)に下諏訪町の有形文化財に指定されました。

下記のサイトにもお立ち寄りください!
http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/


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熊野神社本殿

熊野神社本殿
 長野県諏訪郡下諏訪町社に熊野神社があります。
 本殿は安永8年(1779)に大隈流の柴宮(村田)長左衛門によって建てられました。一間社、平入り、向唐破風がある流造り、柿葺きです。細部には豪奢な彫刻が施されています。熊野神社本殿は昭和46年(1971)に下諏訪町の有形文化財に指定されています。

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熊野神社

熊野神社
 長野県諏訪郡下諏訪町社に熊野神社があります。
 熊野神社は諏訪大社下社春宮の近くの山の麓に建っています。東山田村は古くから修験道が盛んだった所で、産土神として勧請されたのが始まりと伝えられています。
 境内には、修験道の場所としての名残りが多く見られます。石段の中ほどには、行者の修行場所である行屋があり、本殿付近には多くの石碑や境内社があります。また修験者が身を清めた不動滝も近くにあります。
 長い石段の上に拝殿があります。切妻造の拝殿の前には御柱が建ち、背後の斜面に石段と本殿が続いています。

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