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杉原千畝記念館

杉原千畝記念館
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に人道の丘公園があります。
人道の丘公園の中に杉原千畝記念館があります。この建物は檜材を使用した伝統構法で造られ、岐阜県21世紀ふるさとづくり芸術賞を受賞しています。杉原千畝がナチスドイツから逃亡してきたユダヤ人を救出するためにビザ発行を行ったカウナス領事館を再現した展示がされています。

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人道の丘公園

人道の丘公園
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に人道の丘公園があります。
 人道の丘公園は、八百津町出身の杉原千畝(すぎはらちうね)の偉大な功績を称え、後世に伝えるための記念公園として平成4年(1992)に建設されました。
 杉原千畝記念館があり、シンボルのモニュメントから「平和を願う音楽」が聞こえてきます。広大な敷地は「メモリアルゾーン」、「アクセスゾーン」、「カルチャーゾーン」、「アミューズゾーン」に分かれ、日本庭園や芝生広場、子供広場なども設けられています。

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旧放水口発電所

旧放水口発電所
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に旧八百津発電所があります。
 旧放水口発電所は電力需要が増加したため大正6年(1917)に、八百津発電所の本館発電所の放水を再利用するために造られました。
 本館発電所は、洪水時の水位上昇を考慮して放水口水位に河水面から7mの余裕を持たせてありました。
 その落差を有効利用するため、放水口にこの小発電所が設けられたのでした。旧放水口発電所は平成10年(1998)に「旧八百津発電所施設」として国の重要文化財に指定されています。

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旧八百津発電所

旧八百津発電所
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に旧八百津発電所があります。
 旧八百津発電所は外壁はモルタル仕上げ、内部は白漆喰仕上げ、切妻造りの煉瓦造りの大きな建物です。縦長の上げ下げ窓や上部がアーチ状の開口部、意匠化したパラペットなど当時の洋風建築の要素が取り入れられています。
 当初の設備は米国モルガン・スミス社製水車4台と、ジェネラル・エレクトリック社製の発電機4台が設置され、出力7500kWを発電するもので、当時の日本では有数の発電設備でした。旧八百津発電所は平成10年(1998)に「旧八百津発電所施設」として国の重要文化財に指定されています。

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旧八百津発電所

旧八百津発電所
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に旧八百津発電所があります。
 旧八百津発電所は明治44年(1911)に、木曽川水系最初の本格的発電所として名古屋電灯株式会社により建設されました。昭和46年(1971)の新丸山発電所(関西電力)の完成を機に、昭和49年(1974)に運転を休止し、63年にわたる発電の歴史に幕を閉じました。
 関西電力は昭和53年に発電所施設を地元八百津町に譲渡し、平成10年(1998)には発電所本館及び放水口発電所が「旧八百津発電所施設」として国の重要文化財に指定されました。また平成17年(2005)には水槽(上部水槽)・余水路・土地が国の重要文化財に追加指定されました。

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蘇水峡

蘇水峡
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に蘇水峡(そすいきょう)があります。
 蘇水峡は岐阜県の南部、木曽川の丸山ダム下流に位置し、桜や紅葉の名所としても有名です。「木曽三川三十六景」の一つにも選ばれており、飛騨木曽川国定公園の中にあります。木曽川が久田見(くたみ)高原と日吉高原の間を南下する時の浸食によってできた渓谷です。
 300mから500mの岩壁の神秘的な景観は奥ラインと呼ばれています。周辺には丸山ダムや杉原千畝の公園「人道の丘公園」、「めい想の森」などがあります。

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大船神社社叢

大船神社社叢
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に大舩神社(大船神社)があります。
 境内林は「大舩神社社叢」として、昭和49年(1974)に岐阜県の天然記念物に指定されています。御神木の杉は樹齢が千年以上といわれ、高さ30m、幹囲5.0mあります。

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大舩神社本殿彫刻

大舩神社本殿彫刻
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に大舩神社(大船神社)があります。
 大舩神社の本殿の彫刻は岐阜県の指定重要文化財です。大舩神社の本殿は元禄年間(1688-1704)に再建されたもので、三間社流造り、銅板葺きです。本殿並びに棟札十枚、刀剣、和鏡、懸仏、版木が八百津町指定文化財に、絵馬が八百津町指定有形民俗文化財となっています。

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大舩神社

大舩神社
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に大舩神社(大船神社)があります。
 大舩神社は「大船神社」とも書かれます。
大同年間(806-809)に権現山山頂付近に勧請され、応永年間(1394-1427)に現在地に移されたといわれています。八百津町の産土神として敬われ、延喜式神名帳には式内社で従五位下と記載されています。
 天慶年中(938-946)に大山明神から大舩大権現に改称されています。江戸時代中期、尾張の津島神社にならったという4月第一日曜日の「だんじりまつり」は有名です。3つに分かれた船形のだんじりが曳かれ、掛け声とともに大舩神社の長い石畳を駆け上がるのは壮観です。
 明治時代の神仏分離令により仏教に関するものは取り払われ、明治4年(1871)に大舩神社に改められています。
 大舩神社の社叢は県の天然記念物に指定され、本殿並び棟札、刀剣、懸仏などは八百津町の指定文化財です。

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愚渓寺二重塔

愚渓寺二重塔
 岐阜県可児郡御嵩町(みたけちょう)中に愚渓寺(ぐけいじ)があります。
 愚渓寺二重塔は万延元年(1860)に美濃出身の野村杢頭作十郎国均が手掛けた多宝塔です。間口3間、奥行3間、2重2層の宝形造り、桟瓦葺きの建物で、御嵩町の有形文化財に指定されています。

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愚渓寺石庭

愚渓寺石庭
 岐阜県可児郡御嵩町(みたけちょう)中に愚渓寺(ぐけいじ)があります。
 愚渓寺石庭は京都の龍安寺を開いた妙心寺の高僧・義天玄詔が作庭した庭園を再作庭した枯山水庭園「臥竜石庭」です。龍安寺石庭の原型になっています。天保年間(1830-1844)に忠実に再現された石庭で、龍安寺石庭と姉妹庭と称されています。

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愚渓寺

愚渓寺
 岐阜県可児郡御嵩町(みたけちょう)中に愚渓寺(ぐけいじ)があります。
 大智山愚渓寺は臨済宗妙心寺派のお寺です。愚渓寺の創建は古く、応永35年(1432)頃に、臨済宗妙心寺派の義天玄詔(ぎてんげんしょう)が鈴が洞に愚渓庵を開創したのが始まりと伝えられています。
 玄詔は室町時代中期の臨済宗の高僧で京都妙心寺、京都大徳寺の住持を歴任し、細川勝元の帰依をうけ京都竜安寺なども開いています。玄詔は臥竜と名付けた石庭を作庭し禅の世界を表現するとともに、修行の道場としての位置づけを与えました。
 愚渓寺は東美濃の名刹として寺運も隆盛しました。永正3年(1506)に美濃守護・土岐政房により現在の寺号である愚渓寺に変えています。天保年間(1830-1844)に現在地に移され、二重塔(多宝塔)などを含めた伽藍が整えられ、石庭も再現されています。
 寺宝が多く、愚渓寺二重塔(多宝塔)は御嵩町の指定文化財です。また、明叔慶浚頂相、足利義政御教書、覚書・1巻、寄進状・1巻、土岐政房禁制外・1巻も御嵩町指定文化財です。また、宝塚古墳は県の史跡に指定されています。

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大仙寺
 岐阜県加茂郡八百津町八百津に大仙寺(だいせんじ)があります。
  大仙寺は臨済宗妙心寺派の名刹です。宮本武蔵が禅の修行した寺として有名です。武蔵は大徳寺の沢庵和尚について修行をしていましたが、和尚に薦められ、愚堂国師のいるこの寺で修行したそうです。宮本武蔵坐禅石という石が残されています。大仙寺の創建ははっきりしませんが如幻尊者が開いたといわれ不ニ庵と称していました。
 室町時代の文亀元年(1501)に美濃守護であった土岐政房が東陽英朝を招いて改めて開山し、大仙寺と寺号を改めました。江戸時代初期の寛永年間(1624-1644)、愚堂東寔(とうじょう)=諡号(しごう)は大円宝鑑国師(だいえんほうかんこくし)が領主の稲葉方通の帰依を受け、現在地に移転し中興しました。
 愚堂東寔は妙心寺住持を3度も務めた名僧です。後水尾(ごみずのお)上、,徳川家光など大勢の人々から帰依を受けました。大仙寺は永保寺、正眼寺とともに美濃三道場に数えられ、寺宝を数多く所有しています。特に中世の古文書が多く多数が文化財指定されています。
 中国南宋時代の蒙山徳異筆の達磨画像、室町時代に描かれた前古右京筆の叭叭鳥の対幅、香炉型の縄文土器、絹本著色東陽英朝禅師像、愚堂東寔書跡、東陽英朝書跡、絹本墨画・蘭石図などが岐阜県の重要文化財に指定されています。

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明鏡寺観音堂

明鏡寺観音堂
 岐阜県加茂郡八百津町伊岐津志に明鏡寺があります。
 明鏡寺の観音堂は創建創建当時の建物で、貞治7年(1368)頃に建てられたと思われます。間口3間、奥行3間の方3間、寄棟造りで、一重、平入、茅葺きの屋根です。昭和52年(1977)に国の重要文化財に指定されています。

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明鏡寺

明鏡寺
 岐阜県加茂郡八百津町伊岐津志に明鏡寺があります。
 霊光山明鏡寺(みょうきょうじ)は臨済宗妙心寺派のお寺です。文和2年(1353)、鎌倉幕府6代将軍宗尊親王の冥福を祈願するため建立されたと伝えられています。
 建長寺14世だった頑石曇生(がんせき どんしょう)が親王の念持仏の聖観世音像の胎内に、親王愛用の円鏡を納め創建したと伝えられています。
 当初は臨済宗建長寺派のお寺でしたが、慶長10年(1605)、現在の妙心寺派に改め、江戸時代初期の寛永年間(1624-1644)、愚堂東寔(ぐどう とうしょく)=諡号(しごう)は大円宝鑑国師(だいえんほうかんこくし)が中興しています。
 観音堂は国指定重要文化財に指定され、寺宝の木造聖観世音菩薩立像は岐阜県の有形文化財に、室町時代の十六善神図は八百津町の有形文化財に指定されています。

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願興寺本堂

願興寺本堂
 岐阜県可児郡御嵩(みたけ)町御嵩に願興寺があります。
 願興寺の本堂は天正9年(1581)に再建された建物です。間口7間、奥行5間の木造平屋建てで、入母屋造り、平入、正面一間向拝付き、鉄板葺きです。昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定されています。

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願興寺

願興寺
 岐阜県可児郡御嵩(みたけ)町御嵩に願興寺があります。
 大寺山願興寺は天台宗の古刹で、可児大寺とも呼ばれています。弘仁6年(815)、この地に逗留した伝教大師最澄が御布施屋(無料宿泊所)をつくり、自刻の薬師如来像を安置したのが始まりと伝えられています。
 その後、一条天皇の皇女・行智尼が正宝庵という草庵を営んでいました。長徳2年(996)、庵の南の尼ヶ池から蟹にのった小さな如来像をみつけ、最澄自刻の薬師如来像の胎内に納めたそうです。これが一条天皇の耳に入り七堂伽藍の堂宇が建立され、寺号も願興寺となり繁栄しました。
 また願興寺は関ケ原の戦いで最も武功をあげた戦国武将・可児才蔵が幼少期を過ごした寺としても有名です。願興寺本堂をはじめ薬師如来・両脇侍像、阿弥陀如来立像、阿弥陀如来坐像、釈迦如来・両脇侍像、四天王立像、十二神将立像など国の重要文化財に指定されています。

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大井宿本陣跡

大井宿本陣跡
 岐阜県恵那市大井町に大井宿本陣跡があります。
 大井宿は美濃路随一の宿場として栄えました。中山道69次のうち、江戸から数えて46番目の宿場町で、江戸まで87里(344km)、京へは47里(188km)のところにあります。大井宿本陣は代々林家が世襲しました。文久元年(1861)には公武合体のため、江戸に下向した皇女和宮がこの本陣で休息しています。
 客殿には式台付きの玄関や書院造りの上段の間がありましたが、昭和22年(1947)の火災で焼失してしまいました。現在は表門周辺と庭園が残されています。表門は安土桃山様式の意匠を受け継いでおり、本陣の遺構として貴重なことから昭和35年(1960)に岐阜県重要史跡に指定されています。

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岩村城跡灯篭

岩村城跡灯篭
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 岩村歴史資料館の前に置かれている灯篭は文政10年(1827)に林大学頭述斎の長子・林淡斎が岩村城主・松平乗保に寄贈したものです。東京上野の東叡山にあったものを松平家が岩村町に寄付したもので、昭和40年(1965)にここに移しています。

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岩村歴史資料館

岩村歴史資料館
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 岩村歴史資料館は文化庁の歴史民俗資料館設置要領に基づく補助金を受け、昭和47年(1972)に開館しました。高床式、入り母屋造り、白壁の外観は岩村城をイメージさせています。岐阜県指定重要文化財の「享保岩村城絵図」「明和岩村城絵図」「佐藤一斎自讃画像」などを所蔵しています。

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岩村城太鼓櫓

岩村城太鼓櫓
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 太鼓櫓はふるさと創生の1億円によって平成2年に復元されました。城主が山頂の本丸から麓の藩主館に降り、政治の中心となりました。そして太鼓櫓が設けられ城下に時を知らせたり、非常時には打ち鳴らして領民に知らせたそうです。

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知新館

知新館
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 知新館は元禄15年(1702)、小諸より入封した大給分家の松平乗紀(のりただ)が開設した美濃における最初の藩校です。昭和59年(1984)に岩村城跡公園入口の藩主邸跡に正門、釈奠の間が移築されました。岩村藩は2万石から3万石の小藩でしたが文教政策に重点をおき有能な藩士を育成しました。
 知新館は論語の「温故而知新」(ふるきをたずねて新しきを知る)から名付けられました。藩士の子弟はすべて、数え年8歳で入学し、20歳で退学が許されたそうです。乗紀は後藤松軒の門人の佐藤勘平(周軒)を招いて藩士の子弟を教育したそうです。
 正門は切妻造り、長屋門形式、木造平屋建て、桟瓦葺きです。外壁は白漆喰仕上げ、腰壁は下見板張り縦押縁抑えになっています。釈奠の間は板間、間口1.8m、奥行90cmの聖壇があり、孔子画像軸が掲げられています。知新館正門・釈奠の間、附指定で孔子画像軸が昭和43年(1968)に岐阜県指定史跡に指定されています。

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下田歌子勉学所
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 下田歌子勉学所は岩村城跡公園駐車場から岩村城本丸に通ずる遊歩道の藤坂手前にあります。実践女子大学の前身を創立し、歌人としても名高い下田歌子は岩村藩出身で、女性だったため藩校の知新館に入学ができず、藩校教授だった父親から父の書斎で多彩な学識を得ました。この勉学所を復元したものです。
 下田歌子生誕150周年記念として、平成15年(2003)に下田歌子勉学所敷地内に銅像が立てられました。宮中に女官として出仕した17歳の歌子は、春月とお題を賜り歌を詠みました。和歌の才能を愛でられた昭憲皇太后から歌子の名を賜ったそうです。

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岩村城本丸跡

岩村城本丸跡
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 標高717mの山頂にある岩村城の本丸には二重の本丸櫓と納戸櫓、東西両側に多聞櫓が配されていました。本丸の外側に二の丸、西外側には出丸、二の丸の外側に三の丸が配されていました。表門、裏門ともに埋門で堅固な構えをしています。本丸櫓には城主が住んでおり、山頂にある昇竜の井戸を有していました。

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昇竜の井戸

昇竜の井戸
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 岩村城本丸にある昇竜の井戸は標高717mと日本一高いところにある山城の井戸です。山の頂上にあるのに、水が枯れることが決して無かったといわれています。

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岩村城本丸表門跡

岩村城本丸表門跡
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 岩村城の本丸表門は長局(ながつぼね)埋門(うずみもん)です。 埋門とは、城の石垣・土塀の下方に設けた小門のことをいいます。両側の石垣の上には多門櫓があり、石垣の間に櫓門を配置しています。門の内側の細長い曲輪は長局と呼ばれます。天然の地形を巧みに利用しています。

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岩村城六段壁

岩村城六段壁
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 本丸虎口の石垣は六段壁(ろくだんへき)と呼ばれ、石垣が六段積みになっています。急峻な地形に石積をする為に、工夫された石垣で、一階づつに犬走りを設けた工法で積まれ、修理や防御がしやすくなっています。当初は一段の高石垣でしたが、崩落防止のために補強を繰り返し、六段にもおよぶ石垣となったようです。東洋のマチュピチュとも呼ばれているようです。

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岩村城霧ヶ井跡

岩村城霧ヶ井跡
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 岩村城の霧ヶ井(きりがい)は八幡曲輪にあります。城主の食事用に使用され、日照りが続いても決して涸れなかったそうです。この井戸に蛇骨を投入すると霧が湧き出して山城を包み、敵の攻撃を阻んだという伝説が残されています。そのため岩村城は別名を「霧ヶ城」とも呼ばれたそうです。

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岩村城八幡曲輪跡

岩村城八幡曲輪跡
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 岩村城の八幡曲輪(はちまんくるわ)は岩村城を築城した加藤景廉祀った八幡神社があったことから名付けられました。西方と北方の物見台として二層の遠見櫓が建てられていたようです。入口には鳥居が建てられ、中段には別当寺の薬師寺がありました。

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岩村城追手門跡

岩村城追手門跡
岐阜県恵那市岩村町に岩村城跡があります。
 岩村城の追手門は畳橋から棟門をくぐり直角に右に曲がって櫓門に入る外枡形門(そとますがたもん)です。脇には畳橋を見下ろすように三重櫓が構えられていました。三重櫓は岩村城唯一の三層の櫓で天守の役割も果たしていました。

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