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平野大社

平野大社

 京都府京都市北区平野宮本町に平野大社があります。
 平野大社は桓武天皇が和気清麻呂の助言で平安遷都した延暦13年(794)に大和国から移された由緒正しい古社です。延長5年(927)の「延喜式」神名帳に山城国葛野郡に「平野祭神四社 並名神大 月次新嘗」とあり、名神大社に列し、月次祭・新嘗祭で幣帛に預かった事が記されています。
 「二十二社註式」によれば、平安時代中期には22社の1つとして上七社の5番目に列しています。この時の平野大社の例祭・平野祭では皇太子からの奉幣を受けるという特別な位置づけに置かれ、臨時祭に際しても勅祭に預かっていました。
 平野大社は祭神として主神の今木皇大神(いまきのすめおおかみ、今木神)、久度大神(くどのおおかみ、久度神)、古開大神(ふるあきのおおかみ、古開神)、比売大神(ひめのおおかみ、比売神)の4柱を祀っています。平安時代中期には、伊勢、賀茂、石清水、松尾に次ぐ名社に数えられました。
 第一殿に祀られている今木神は桓武天皇の生母で百済系の高野新笠(たかののにいがさ)の粗神で大和国高市郡に祀られていました。延暦3年(784)、長岡遷都のときに遷座し、次いで平安遷都後ここに移したそうです。桓武天皇は、藤原京・平城京にある天武・持統両天皇との結びつきが強かった貴族・寺社勢力から距離をとるために、長岡京・平安京に遷都したようです。
 その後、歴代天皇も64代・円融天皇から96代・後醍醐天皇までの33人のうち、半数の17人が平野大社に参拝しています。源氏や平氏、大江氏・菅原氏・秋篠氏などの氏神にもなっています。中世以降は荒廃しましたが、近世に入り寛永年間(1624-1644)に西洞院時慶によって再興され現在の本殿などが再建されました。
 4月2日には例祭の平野祭があり、 4月10日には花山車の行列が出る桜花祭が執り行われます。平安中期、65代・花山天皇が寛和元年(985)に行った祭礼が起源とのことです。境内には約60種500本もの桜が咲き乱れ、「平野の夜桜」として有名です。これもに花山天皇が、境内に桜を植樹したのが起源だといわれています。
 本殿は4殿2棟あり、2殿ごとに結合した特殊な造りで国の重要文化財に指定されています。拝殿と南門は京都府指定文化財です。南門は一間薬医門で慶安4年(1651)に内裏の門を賜ったと伝えられ、元和5年(1619)造営の「女御(にょうご)御里(おさと)御殿」の遺構といわれています。また、縣社(あがたしゃ)、中門は京都府登録文化財です。

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