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北野天満宮

北野天満宮
京都市上京区御前通今出川上ル馬喰町に北野天満宮があります。
 北野天満宮は京都御所の四方の鬼門である北西にあります。学問の神様で知られる菅原道真を祀った神社で、全国の天神様、天満宮の総本社です。北野の天神さんとして知られ、福岡の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心です。
 平安時代、中流貴族の出身であった菅原道真は、宇多天皇に重用され右大臣にまで上り詰めました。中央集権的な道真の政治方針に藤原氏などが反発し、左大臣・藤原時平の讒言により大宰府に左遷されてしまいました。道真は失意のまま2年後の延喜3年(903)にこの世を去りました。
 その後、都に異変が起きました。藤原時平が39歳という若さで病死、醍醐天皇の皇子である保明親王、その息子である慶頼王も病死しました。さらに平安京内裏の清涼殿に雷が落ち、数多くの公卿や官人が死傷しました。
 道真の祟りだとする噂が広まり、御霊信仰と結びついて恐れられました。そこで、没後20年目に朝廷は道真の左遷を撤回して官位を復し、正二位を贈ることにしました。神託で道真を祀る祠を建てていた多治比文子らが、託宣により現在地の北野の地に分霊する事になりました。
 天暦元年(947)に社殿の造営がなされ、その後、藤原師輔が屋敷の建物を寄贈し、壮大な社殿に作り直されました。永延元年(987)、一条天皇の令により初めて勅祭が執り行われ「北野天満宮天神」の神号を得たのでした。
  正暦4年(993)には正一位・右大臣・太政大臣が追贈され、二十二社の一社に名を連ねました。寛弘元年(1004)に一條天皇の行幸を受け、代々皇室の崇敬を受けるようになります。天正15年(1587)、境内において豊臣秀吉による北野大茶湯が開かれました。
 社殿は昔から、朝廷、将軍家によって造営修繕がなされました。国宝の指定を受けている拝殿・本殿・石の間・楽の間は慶長12年(1607)、豊臣秀頼が造営したもので、この時作られた中門、東門も国指定重要文化財です。数多くの宝物のうち北野天神縁起絵巻承久本も国宝になっています。
 江戸時代には天神様として親しまれ、寺子屋の精神的中心として菅原道真の分霊が祀られました。以来学問の神様としての信仰は現在に至るまで受け継がれています。現在は特に学業成就や武芸上達に御利益があるといわれ、命日の2月25日には縁日として露天が出て賑わいます。

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